第219号 平成19年 12月18日(火)
沖縄戦「集団自決」検定問題
文科省は政治介入を排し、訂正「不承認」で早期決着を!
つくる会が文科大臣に4度目の申し入れ

 
 「新しい歴史教科書をつくる会」は、12月18日12時45分から文部科学省に対して申し入れを行い、「『沖縄戦集団自決』検定に関する『つくる会』の意見書」を渡海紀三朗文科大臣宛に提出しました。文科省への申し入れには、藤岡信勝会長、杉原誠四郎副会長、鈴木尚之事務局長が出席し、「意見書」の内容を詳しく説明するとともに、とくに今回の訂正申請をめぐる問題は、不当な政治介入が原因となって起きたものであり、「文科省は政治介入を排し、訂正申請を『不承認』として早期に決着をはかるべき」ことを強く申し入れました。
 これに対し文科省側は、@新聞報道にある「指針」を文科省は出していない、A訂正申請された内容について、個々にその資料的根拠を教科書会社側に求めたことがあのような形で報道された、B今回も「書かせる」検定は行っていない、C結論は年内に出すよう努力している、と回答しました。
 なお、「意見書」の(6)で記述した「教科書改善の会」の要望書に関する意見は、「学習指導要領」の改定に関係してくる大きな問題ですので、「つくる会」としてあえて付言したものです。
 「つくる会」は、申し入れの直後、同メンバーが文部科学省クラブで会見し、この内容を記者発表しました。
 「『つくる会』の意見書(その4)」の全文は次のとおりです。

平成19年12月18日
渡海紀三朗 文部科学大臣殿 
                           新しい歴史教科書をつくる会
                                会長 藤岡 信勝

「沖縄集団自決」検定に関する「つくる会」の意見書(その4)

 (1)私たち「新しい歴史教科書をつくる会」は、高校日本史教科書の「沖縄集団自決」検定について、この6月から11月までの間に都合3回にわたって文部科学大臣に「意見書」を提出し、見解を表明してきました。それは何より歴史の事実に反する記述が復活する可能性があるからであり、また教科書検定制度を有名無実化する危険を感じたからでもあります。
 報道によれば、12月4日、文科省は訂正申請を出した教科書会社6社の担当者を個別に招き、検定審議会の意向として、沖縄戦及び集団自決についての「指針」を口頭で読み上げる形で伝達したとのことです。文科省は文書としての「指針」の存在は否定しているものの、口頭伝達の事実は認めていますから、大筋は報道の通りであると考えざるを得ません。
 そこで、大詰めを迎えたこの問題について、改めて私たちの見解をまとめ、ここに「意見書(その4)」として提出するものです。

 (2)「指針」は、集団自決が起こった背景・要因について、「過度に単純化した表現で記述すること」を、集団自決についての「生徒の理解が十分にならない恐れがある」として戒めています。その他の関連報道も総合すると、文科省は検定意見は撤回せず、「軍の命令」や「軍の強制」といった記述も、「過度に単純化した表現」であるとして認めない方針を明確にしたものと解釈できます。これは教科書検定制度をかろうじて守り抜いたものとして率直に評価したいと存じます。
 文科省がこのような方針を明確に打ち出したのであれば、直ちに訂正申請を不承認とする決定を下してこの問題に結着をつけるべきです。教科書会社から出されている訂正申請の内容は、もとの検定申請時よりもさらに「軍の強制」などを明示した表現になっており、文科省が検定意見を撤回しないのなら訂正申請を不承認とするのが当然の筋道です。

 (3)ところが、文科省は、本来、承認か不承認かの二者択一でなされるべき訂正申請への対応の原則を無視し、教科書会社に差し戻して、書き直した上で再度の訂正申請を求めているのです。これでは異例の再検定が行われているというに等しく、またしても検定制度のルールは踏みにじられたと言わざるを得ません。
 文科省が書き直しを求めている趣旨は、集団自決は複合的な背景や要因によって起こったものなのだから、それを書かせるというものです。そうした背景・要因として「指針」に例示されているのは、当時の「教育訓練」、「感情の植え付け」、「軍による手りゅう弾の配布」、「壕の追い出し」です。これらはすべて、「軍の強制」説に立つ論者がしきりに強調してきたものであり、文科省はこうしたことを書かせることによって、検定意見撤回を要求している勢力に譲歩・妥協しようとしているのです。しかも、文科省の「指針」の例示からは、「米軍の猛爆」という、直接に沖縄の住民を集団自決に追いつめた要因が除かれています。
だから、検定意見撤回のキャンペーンを張ってきた琉球新報も、12月8日付け社説で、「これらの背景を羅列することで軍のみに焦点が当たるのを避けようとしている」と文科省の意図を推測しつつ、「だが、それはまったく逆だろう。むしろ軍の強制を根拠付けるものとなる」と書いています。

 (4)文科省の対応は、私たちや自民党の教科書議連に対しては、検定制度の原則を堅持したと説明し、他方、左翼勢力など検定意見撤回を唱える者たちには、名を捨てて実を取れと求めているのです。極めて不誠実は態度であると言わざるを得ません。
 こうした文科省の動きの背後には、福田首相と渡海文科相による教科書検定への政治介入があります。もし、集団自決の教科書検定に重大な歴史事実の誤りや手続き上のミスがあった場合には、文科相がそれを是正することは少しも政治介入ではありません。しかし、今回のように、内容的にも手続き的にも一点の瑕疵もない検定事務に対して、沖縄で一定数の人々が集まったからという理由だけで検定意見を変更しようとすることは、不当な政治介入そのものとなるのです。
 福田内閣は直ちに政治介入をやめ、教科書検定を正常なコースに戻すべきです。

 (5)最終的にどのような教科書が生まれようとも、私たちはその内容を歴史の事実をもとに検討し、必要な批判を展開して行きます。特に、沖縄戦の全体像にかかわって、「日本軍は沖縄の住民を守らなかった」という誤ったイメージを徹底的に打破しなければなりません。例えば、「壕の追い出し」について、実際は言われていることとは異なり、日本軍は迫り来る米軍の攻撃を避け、住民を助けるために強制的に壕を追い出したというのが真実です。
 こうした点について、今後研究と検討を重ねるとともに、公開の討論を組織して真相を明らかにしていく必要があります。

 (6)最後に、「教科書改善の会」(屋山太郎代表)が11月30日に文科省に提出した「要望書」について一言します。「要望書」は、その末尾で、「中学校の歴史、高等学校の日本史の学習指導要領改定にあたっては、沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむよう記述すること」を求めています。これは、内容的にも形式的にも誤った議論というべきです。
 まず、内容的に言えば、さきの戦争では日本国民全体が大きな犠牲を背負ったのであり、沖縄だけを特別に扱う理由は存在しません。もちろん、沖縄戦での軍民の抵抗がアメリカをして本土決戦を躊躇させる要因になったという見方は成り立ちますが、そのこととこれを「感謝と共感の念」という感情的な用語で学習指導要領に書き込むこととは別の問題です。また、歴史の因果関係は様々にたどることができるもので、他のさまざまな出来事についてもいろいろな議論が成り立ちます。原爆投下や東京大空襲を初めとする主要都市の空襲も、その犠牲の量と質において多大なものがあります。沖縄という特定の地域だけを特別に扱うということは、他の地域を差別することにもなります。
 次に、形式について言えば、この要求は、教科書検定基準に「近隣諸国条項」ならぬ「沖縄条項」を制定せよと言うに等しいものですが、実際はそれ以上の要求を含んでいます。「近隣諸国条項」は、自虐的な教科書記述を文科省がチェックできないようにしたというところにその本質があります。従って、もともと教科書会社がその種の記述をしなければ、それを書かせる効果はないのです。こうした事情から、教科書会社が書かなくなったことによって、「近隣諸国条項」は撤廃されていないのに、中学校の歴史教科書から「従軍慰安婦」という言葉が消えました。ところが、この度の「教科書改善の会」の要望は、学習指導要領に入れることですから、教科書に書かなければ学習指導要領違反ということになります。
 貴職におかれましては、このような「要望書」には決して影響されないよう、強く要望しておきます。

                                                         以上


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なお、産経新聞は12月18日付けで下記のように報道しております。

沖縄集団自決 教科書訂正申請
「軍強制」事実上容認?
「複合的な背景」・・・・検定審”灰色”見解


 沖縄戦集団自決をめぐる高校日本史の教科書検定で、教科書会社が軍強制の記述復活を求めた訂正申請の可否を決める作 業が年内決着へ向けて大詰めを迎えている。文部科学省は4日、教科書会社に「複合的な背景によって住民が集団自決に追い込まれた」とする教科書検定審議会 の見解を伝え、再考を促した。識者からは「軍の直接的な命令は確認できていない」と検定意見堅持への評価が相次ぐ一方、軍強制のニュアンスを否定していな いことなどを疑問視している。(小田博士)
■軍関与の例適切?
 検定審の日本史小委員会が示した見解について、ある委員は「審議会として主体的に考え方を表そうとした。『軍強制ばかり書くな』という趣旨だ」と話す。
 だが、藤岡信勝拓殖大教授は「『生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず』といった戦陣訓や手榴(しゅりゅう)弾の配布を書かせることで、軍強制のイメージが出て、事実上認めたことになる」と憤る。
 軍関与の主な例として「手榴弾の配布」「壕の追い出し」を挙げたことへの批判もある。
  現代史家の秦郁彦氏は当初の検定意見を堅持したことを評価しつつも、「集団自決の際に使われた主な武器はナタやカマなどだ。手榴弾は攻撃用の武器であり、 自決に流用された例は少ない」と指摘。さらに「軍がいる場所が主戦場で危険だったため、『心を鬼にして追い出した』という軍側の証言もある」と善意の追い 出しがあった事例にも留意すべきだとする。
■自決の概念否定?
 検定審の見解が「自決に追い込まれた」との視点を強調。自らの意思で自決したニュアンスが盛り込まれていないことを疑問視する声もある。
 沖縄戦に参加した皆本義博・元陸軍海上挺進第3戦隊中隊長は「戦後の風潮は旧日本軍イコール悪となっているが、当時の国民感情は『一億総特攻。竹やりでも戦う』だった。潔く自決した当時の沖縄県民の純朴で崇高な精神を侮辱している」と話す。
 中村粲獨協大名誉教授は「沖縄県民は捕虜になるより自決するという『皇民道徳』をストレートに実践した。大変痛ましい悲劇ではあるが、ユダヤ人は(対ローマ反乱の拠点となった)マサダの自決を誇りにしている」と述べ、否定的側面だけでとらえることに懸念を示している。
 検定審議会のある委員は「自らの意思で死んだという視点を排除するものではない」と強調するが、検定審の見解に沿えば「集団自決」より「(強制)集団死」の表記の方が適切ともなりかねない。
■「書かせる」検定?
 教科書検定は、学習指導要領に沿わない記述でなければ、誤った記載に修正を求めるというのが原則だ。検定審や文科省が記述の欠陥を指摘する場合、「こう書け」と具体的に指示せず、認めない理由や背景を示すのみにとどめている。
 文科省では「教科書会社に現段階での検定審の考え方を伝えただけであり『指針』ではない」と強調する。だが、検定審の見解は「…教科書記述が望ましい」として、「指針」と受け取られてもやむを得ない表現だ。
  藤岡教授は「文科省主導で多様な背景を記述させようとしており、『書かせる検定』に近い。検定意見撤回派と堅持派の双方を納得させようとしたのだろうが、 いずれの陣営にも不満が残る」と指摘。さらに「教科書は確実な事実だけ書けばよい。パンドラの箱を開けてしまったのではないか」と話している。

 

 

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