平成16(2004)年1月22日(木)
拉致解決妨げるセンター入試問題
「強制連行」設問は採点から外せ  東京大学教授 藤岡信勝(つくる会副会長)
産経新聞 平成16年1月22日 「正論」

 不公正かつ不適切な設問

 日本人拉致事件についての川口外相の演説に対し、昨年九月二十四日の国連総会で北朝鮮代表は、「日本は朝鮮半島占領時代に八百四十万人を強制連行し、筆舌に尽くしがたい被害を与えた。たった数人の拉致被害者の死とは比べものにならない」と反論した。拉致という犯罪を、ありもしない「強制連行」で帳消しにしようというたくらみである。


 ところが、最近になって、この北朝鮮の宣伝に呼応するかのような動きが日本国内に現れた。驚く無かれ、大学入試センター試験の問題としてである。一月十七日に行われた世界史の試験で、「日本統治下の朝鮮」に関連して次の中から正しいものを一つだけ選ばせる問題(第一問の問5)が出題された。

 <(1)朝鮮総督府が置かれ、初代総督として伊藤博文が赴任した(2)朝鮮は、日本が明治維新以降初めて獲得した海外領土だった(3)日本による併合と同時に、創氏改名が実施された(4)第二次世界大戦中、日本への強制連行が行われた>

  正解は(4)とされる。しかし、これは、極めて不公正で不適切な設問である。まず、(1)から(4)までの文中に登場する用語のうち、「朝鮮総督府」や「創氏改名」は、当時もその言葉が使われており歴史的事実に属するが、「強制連行」は次元が異なる。「強制連行」は政治的な糾弾の機能を担う造語であり、その語の使用者による歴史の解釈を示す用語であって、歴史の事実を指し示す言葉ではない。それは、対象指示機能よりは情動喚起機能の優越する、政治的色合いをもった「唸(うな)り言葉」(S・I・ハヤカワ)なのである。それ故、使う者の政治的目的に応じて、対象指示に関しては伸縮自在、融通無碍(むげ)となる。

 日本政府は徴兵による戦時中の労働力不足を補うため、「国民徴用令」によって工場などに労働力を動員したが、朝鮮半島についても一九四四年九月から徴用が実施された。当時は朝鮮半島の人々も日本人であり、徴用は日本人に平等に課せられた、国家による合法的な行為であった。だから、(4)を「第二次世界大戦中、日本本土へ徴用された」とすれば、それは歴史的事実を述べたものであり、設問として何の問題もない。

受験生には踏み絵効果も

 では、「強制連行」という言葉はいつから使われたのか。鄭大均氏によれば、一九六五年に出版された朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』の影響である(『中央公論』二〇〇二年十二月号)。しかし、「徴用」を「強制連行」とするのは不当な言い換えであり、虚構である。「従軍慰安婦の強制連行」説はこの虚構の上に建て増しされたものである。

 こういう系列の言葉を入試問題に含めるとどんな問題が生じるか。「強制連行」が間違いであることを正しく知っている受験生にとっては、一種の踏み絵効果をもつ。難点は、「強制連行」を信じ込んでいる受験生にとっても少しも解消されない。問題は端的に定義の困難さと、不確定さにあらわれる。金英達氏は「『強制連行』とは何かということは、人それぞれの定義によって異なってくる」とし、その概念規定に関わる要素として、(1)時期(2)移動地域(3)渡航形態(4)連行方式(5)連行目的(6)適用法令(7)離職・転職の自由(8)民族的な差別・虐待、の八つの次元を列挙している(『金英達著作集II・朝鮮人強制連行の研究』)。

設問ミスを直ちに認めよ

 例えば、時期について見ただけでも、センター試験の問題が前提としているような、「第二次世界大戦中」だけの出来事を指すとはかぎらない。日韓併合後の朝鮮半島から日本への移動をすべて「強制連行」としてとらえ、「在日=強制連行の犠牲者」とするイメージも盛んに吹聴されてきた。

 こういう言説を信じていた受験生が、設問の(4)を引っかけ設問であると判断することも大いにありうる。つまり、どちらの立場からも、この問題は「正解なし」と判断されうるのである。入試問題は立場の如何を問わず万人が認める知識の範囲に限定されるべきである。

 誤った不確実な知識を、若い人の頭に、政治宣伝的にたたき込む害毒が、将来に及ぼす影響は計り知れない。こういう虚偽の概念の横行を放置してきたことが、日本人を知的に拘束し、不要な贖罪意識を生み、拉致問題の解決を四半世紀にわたって放置してきた根本原因である。

 大学入試センターは、この設問が欠陥問題であることを認め、「正解なし」として採点から除外する措置を速やかにとるべきである。