つくる会の歩み
教科書問題の遍歴
愛媛の勝利
東京の採択
【うんどう】

 歴史教育の問題は、先の大戦に敗れてから半世紀にわたり繰り返し論じられてきたにもかかわらず、その歪みが正されるどころか、近年ますます歪曲混迷の度を深めている。とりわけ、この度検定を通過した7社の中学教科書の近現代史の記述は、日清・日露戦争までを単なるアジア侵略戦争として位置づけている。そればかりか、明治国家そのものを悪とし、日本の近現代史全体を、犯罪の歴史として断罪して筆を進めている。

 例えば、証拠不十分のまま「従軍慰安婦」強制連行説をいっせいに採用したことも、こうした安易な自己悪逆史観のたどりついた一つの帰結であろう。とめどなき自国史喪失に押し流されている国民の志操の崩落の象徴的一例といわざるをえない。いったいなぜこういうことになったか。

 日本人は戦後五十年間、世界を二分した米ソ二超大国の歴史観をあいまいに国内に共存させてきた。歴史教科書の記述はこの二つの混交の良い一例である。本来原理的に対立しながら、対日戦勝国として日本の歴史的過去を否定する二つの歴史観が戦後日本の知識人の頭の中てば合体し、共存してきた。その結果として、日本自身の歴史意識を見失ったのである。周知の通り、冷戦終結後の東アジアの状況は猶予を許さない。

 どこの国にも独自の歴史像があり、それぞれ異なる歴史意識があり、他国との安易な歴史認識の共有などあり得ない。ことに幼いナショナリズムを卒業しているわが国と、いま丁度初期ナショナリズムの爆発期を迎えている近隣アジア諸国とが歴史認識で相互に歩み寄るとしたら、わが国の屈服という結果をもたらすほかはないだろう。それは、先に述べた歴史喪失症状にさらに輪をかけ、病を重くするだけである。

 われわれはここに戦後五十年間の発想を改め、「歴史とは何か?」の本義に立ち還り、どの民族もが例外なく持っている自国の正史を回復すべく努力する必要を各界につよく訴えたい。

 われわれは日本の次世代に自信をもって伝えることのできる良識ある歴史教科書を作成し、提供することをめざすものである。心ある各界各層のご指導とご支援をお願いしたい。

平成8年(1996年)12月2日