「日本の美」をクローズアップ
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日本文化の特質に対する理解を深めるということですね。
西尾 次にですね、この教科書の特徴は美術にウエイトをおいたところです。まず、冒頭の口絵写真は日本の美の形というものを伝えるということで、余計で無駄なグラビアを削り、美術で統一しました。そのために少し大人っぽいかもしれませんが、しかし、気品と内容のある落ち着いた教科書になっていると思います。この教科書にはですね、子供にこびるようなつまらない漫画はただの一つも出てこない。漫画で子供にこびるようなことは良くない。だから、大人が読んでも読み応えのあるようなものになっています。日本の美術は西洋や中国の美術と並んで深い内容を持っている。日本においてこのようなすぐれた美術がつくられた背景には、日本人の「形」に対する高度な鑑賞力があった、というようなことが書かれています。
ずっと、時代が飛びまして、江戸時代に浮世絵と印象派というコラムをおいているのも特徴の一つです。ゴッホの「花咲く梅の木」が広重の「亀戸梅屋敷」の模写であるということ、北斎の「北斎漫画」がドガの「裸婦像」にそっくり利用されたことなど、日本の美術が西洋美術に大きな影響を与え、日本における、近代美術を切り開いていったことを一目でわかるようにしています。これはニューギニアの奥地の蛮族のトーテムがピカソに影響を与えたというのとは違っていて、日本の場合における、西洋の遠近法その他を把握した後にそれを意識して乗り越えていた広重や北斎の浮世絵の構図の大胆さや先駆性というのは、美術史上画期的な出来事なんです。このような日本独自の近代性が明記されているのもこの教科書の特徴です。
先人を鮮やかに描き出す人物コラム
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そのように日本の美術を詳しく紹介している教科書は今までにはありませんでしたね。他にどんな特長がありますか。
西尾 この教科書のもう一つの特長は人物コラムというものです。どのような人物が書かれているかというと、最初は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と弟
橘媛(オトタチバナヒメ)。これは皇后陛下のご幼少の頃の読書体験に語られた物語です。その次は最澄と空海という2人の宗教家の宗教上の位置を多角的に語ったものであります。3番目のコラムは源頼朝と足利義満です。この組み合わせは、多少奇異に思われるかも知れません。しかし、古代王権の最後をなす頼朝、すなわち朝廷に対して初めて武門の位置をたてた頼朝は、天皇に逆らうなんて事はゆめゆめ思わなかった。朝廷があってはじめて幕府の地位が保障されるというような考えでした。それに対して室町の3代将軍義満は、天皇の地位を狙った最初にして最後の武将であったでしょう。この位置の違いに鎌倉から室町への歴史の転換があったことが鮮やかに描き出されています。次に信長・秀吉・家康の3人の武将をわずか1頁の中で巧みに比較しています。誰でも知っている例のホトトギスの歌を元にしているわけです。
次に、個性的な人選ですが、まず石田梅岩と二宮尊徳です。日本人における勤勉の哲学、働くことの道徳を継承しなければならないという意味で、この2人があげられている意味は大きいと思います。まさに江戸時代は勤勉革命によって近代化がなされました。それに対してヨーロッパの資本主義は奴隷貿易と大西洋経済圏の確立によって近代化がなされました。我が国は江戸時代に勤勉によって富の蓄積がおこなわれ、勤勉と倹約と合理主義による経済力が明治へと受け継がれたのです。それを考えると我々の現在もこれらのモラルによって成り立っているということで、この上もなく重要な人物の選定だと思います。次に明治期には勝海舟と西郷隆盛、大久保利通と伊藤博文について書きました。最近の教科書には伊藤博文の名前が出てこないといわれます。出てくるとすると、朝鮮のテロリストに殺害された場面で初めて現れ、しかもそのテロリストはグラビア入りでその生涯の説明まで付されているという馬鹿々々しいバランスの喪失で、いったいどこの国の教科書だかわからない。伊藤博文の業績を考えると、これは驚くべき扱いであります。
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本当にひどい状況ですね。日本人は無条件で悪、アジアの人々はどのような場合であろうと善、という構図が初めから用意されていて、それに当てはめて歴史を語っているようにも思えます。
西尾 続いて、人物コラムは、陸奥宗光と小村寿太郎という日清日露の終結を達成した二大外交官の生涯を人柄の面からも綴った文章をあつかっています。次に、津田梅子と与謝野晶子がとりあげられます。津田梅子は岩倉使節団に伴って8歳の時に渡米し、やがて日本の女子教育の基礎を築いた人です。新しい試みには慎重な配慮が必要であることを忘れなかった梅子は、自分の女子教育が世間からつまらない誤解や反対をされないように、生徒達の日常の行儀作法や言葉遣いなどにも注意し、一見保守的な雰囲気の中でお互いの個性を尊重しあう気風を育むことにつとめた人物です。教科書では津田梅子は今日でいうところの帰国子女であると書きました。しかしアメリカ留学かぶれの軽薄さはない。日本の現実をみながら堅実でしかも冷静な対応をした梅子の姿がリアリスティックに描かれています。
情熱の歌人与謝野晶子は教科書の人気スターです。それはご承知のとおり、「君死にたまふことなかれ」という歌を反戦歌としてあげつらうからです。しかし、我々の教科書では晶子は反戦の歌人ではなく、弟が実家の跡取りであることからその身を案じて歌った歌であり、晶子が家の存続を願うという極めて自然な一面を持っていたということを書いています。時代はすすみ、コラムは夏目漱石と森鴎外外という文豪を留学体験の相違から文学の個性のありかたの相違へと展望します。そして人物コラムの最後は昭和天皇で締めくくられます。「昭和天皇――国民とともに歩まれた生涯」と題しまして、昭和天皇崩御のときの老婦人の言葉から始まります。また、昭和6年の鹿児島での船上でのエピソードも綴られています。ポツダム宣言受諾の際読まれた「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」という御製も紹介しています。
ユニークな図版にも注目
西尾 グラビアや図版もユニークであまり教科書では使われない珍しいものも使用されています。例えば、安土桃山時代にキリスト教の教義を日本語でまとめた本がだされています。つまり日本での活版印刷の最初期のものになります。「どちりな・きりしたん」という題名ですが、私も存在は知っていたんですが、実際に見るのは初めてでした。これは非常に珍しいものです。それから当時の泰西王侯騎馬図屏風という珍しいものが載っています。もうひとつ面白いのは「欧米から見た日露戦争」というフランスの新聞の挿し絵です。大男であるロシアに挑戦する日本人を世界の人が見守っているという構図ですね。レスリングのリングの上に大男ロシア人と小男日本人が向かい合っています。この絵は私は見たことがありませんでしたし、また他の人も見たことがなかったのではないでしょうか。これらの図版は扶桑社の編集部の方が努力して集められたものであることをご報告しておきます。
戦争の世紀と日本の苦悩
西尾 日露戦争については、通例の教科書では反戦運動が強く語られて、概ねご承知のように内村鑑三、幸徳秋水、与謝野晶子を代表的な反戦論者として掲げて、ある教科書では戦争に反対する人々と戦争に賛成する人々の見解が並べられていて、どっちが正しいだろうかという誘導尋問のような現代の反戦平和主義の感情で子供たちを操っている教科書もあります。我々の教科書はそのような見えすいたことを子供たちに与えたりしません。浅知恵はなによりも教育の敵です。小村寿太郎が日本はイギリスと同盟を結ぶべきか、ロシアと同盟を結ぶべきかという選択に迫られたときに書いた小村意見書というのがあります。これはイギリス側についた時の利点や欠点、ロシア側についた時の利点や欠点を冷静に分析したもので、日本が厳しい国際情勢の中に立たされたときに必死に問題を考えながら如何に的確に対処したかを物語るものです。当時の状況が、今からでは想像もつかないような厳しいものであったことが中学生にもわかるように対比的に書かれています。またコラムでは日露戦争に対する外国人の肯定的評価をいくつか紹介しました。
慰安婦問題についてはもちろん1行たりとも書かれていません。南京事件については東京裁判の記述のところで東京裁判に突如初めて出されたテーマとして紹介しました。我々は日露戦争の直後から第2次世界大戦の時代までをひとくくりのものと捉えました。これは全体を大きく把握した時に妥当な考え方だと思います。日露戦争終結後に日本は列強の仲間入りをしてすぐに、カリフォルニア移民排斥など様々な国際問題にぶつかったわけですから。我々は、第二次世界大戦時代の冒頭に1860年代から1912年の間にアメリカが獲得した主な領土や植民地の一覧図を掲げました。アメリカは日本の立ち上がりの時期に、日本列島の太平洋側の地域を封鎖した形になったわけです。この封鎖だけで日本にとって脅威であった。日米戦争は必然のものであったことが今になって思われるわけです。戦争というものは正義でもなく不正義でもなく、道徳とは無関係におこりえるものなので、日本が正しいとかアメリカが正しいとかはあり得ないわけです。
それからファシズムの台頭と題したところで、今まではナチズムやファシズムは一方的に悪者視され、共産主義には肯定的な評価が与えられていましたが、我々はファシズムも共産主義も秘密警察や強制収容所による党支配のものであり、全く同質のものとして描きました。ヒトラーとスターリンは同時代人で、互いに相手のやり方を学習しあっていたという観点が提起されています。また、南京事件にしても、第一次南京事件つまり中国国民党が外国領事館及び居留者にたいして暴行略奪を働き、多数の死者を出した事件について書きました。当時の日本は無抵抗を貫きました。
心を打つ教科書
西尾 大東亜戦争については、4ページにまとめられていますが、最初の2ページは東南アジアにおける緒戦の大勝利を描いています。僅か100日ほどでアジアから白人支配を追い出したので、東南アジアやインドの人々、さらにはアフリカの人にまで独立への夢と勇気を育んだ、と記述しています。後半2ページはミッドウェーからの敗北への悲惨が描かれています。
我々の教科書で自分で言うのもなんですが、日本人の心を強く打つものがあります。おそらくこれまでの教科書で初めてではないかと思われますが、神風特別攻撃隊について叙述的に写真と隊員の家族への手紙入りで書かれています。そしてその章のしめくくりに「戦争は悲劇である。しかし、戦争に善悪はつけがたい。どちらかが正義でどちらかが不正という話ではない。国と国とが国益のぶつかりあいの果てに、政治では決着がつかず、最終手段として行うのが戦争である。アメリカ軍と戦わずして敗北することを、当時の日本人は選ばなかったのである」とあの時代の日本人の決意と自己認識をまとめています。この部分は我々の志を強く訴えたものであり、「つくる会」の原点とも言えるかも知れません。
また、次の章で我が国が開戦直後から戦争の目的の一つとして掲げていたアジア解放について具体的に述べ、昭和18年11月に東京で開かれた大東亜会議について言及しています。大東亜会議では各国の自主独立やたがいの提携による経済の発展、各民族の伝統文化の尊重、そして人種差別撤廃を強くうたう大東亜共同宣言を満場一致で可決しました。これは後に1960年の国連総会で決議された植民地独立宣言と期せずして同じ趣旨のものになりました。
新しい教科書は日本が様々な迂余曲折や困難を経ながらも、インド仮政府、ビルマ(ミャンマー)、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオスなどの国々を独立に導いたということを伝えています。また、インドでは我が国が敗北した直後、イギリス軍が日本軍とともに戦ったインド国民軍を処罰しようとしたのに対し、インド人が民衆をあげて激しい抵抗をして、これを契機に全面的にインドが独立をなしえたのだと描いています。更にインドネシアでは、PETAと呼ばれる日本軍によって組織された3万8千人の軍隊が、2千人の日本人義勇兵とともにオランダ軍を相手に独立戦争を開始し、それによって、4年後の1949年インドネシアが350年間続いたオランダ支配から独立したということに言及しています。このように日本軍の南方進出がきっかけとなり、アジアからアフリカまでヨーロッパの植民地だった国々の独立の波はとどまることがなく、「第二次世界大戦後の世界地図は一変した」としめくくられています。これは事実が証明したまぎれもない歴史の足跡です。フランスやイギリスの教科書は日本の戦争がアジア・アフリカの解放にはたした役割を認めて、同じ意味のことを書いております。
誤解を正す教科書
西尾 よく誤解されるのですが、ジェノサイドと戦争犯罪は別です。ある民族や人種の文化的集団に対する組織的計画的な殺戮をジェノサイドというのですが、わけてもその中で代表的なナチスのユダヤ人大量殺戮はホロコーストと別によばれます。ジェノサイドはより広義の概念で、ナチスだけでなく、スターリン、毛沢東、ポルポトの大量殺人も含まれます。われわれの教科書はこのことをはっきりさせています。「これは戦争犯罪ではない。戦争とは無関係におこなわれる、おそるべき犯罪であり、20世紀に人類が生んだ最大の悪である。」と記し、数千万の規模で殺戮をおこなったスターリンと毛沢東の人類史的犯罪をも明記しています。
日本はたしかに戦争犯罪は犯したかもしれません。しかし戦争をして戦争犯罪を犯さない国はなく、戦勝国も例外なく戦争犯罪を犯してきました。しかし日本の歴史にジェノサイドもホロコーストもありません。それどころかわれわれの教科書は、日本がドイツと同盟を結びながら人種差別反対というベルサイユ会議以来の国の方針によって、ユダヤ人を助けたことをも伝えています。他方、広島、長崎の原爆投下ははたして単なる戦争犯罪だろうか、それともジェノサイドに当てはまる「人道に対する罪」だろうか、との問いをも立てて、子供たちに概念の相違を考えさせるようにしています。概念の混乱をふせぐのが大切です。なにもかも一緒くたにして、日本とドイツの戦争を同じに扱うようなばかげた誤解はもうここいらで終わりにし、教育現場からもぬぐい去ってもらいたいと思います。
さらに今まで、侵略戦争ということばの定義もはっきりしないまま、このことばを用いていたずらに感情論に終始していました。われわれの教科書では「『侵略戦争』とは」というコラムをもうけ、1928年のパリ不戦条約から1974年の国連総会決議までの、このことばをめぐる国際法理上の流れを、子供にも分かるように要約して伝えました。
コラムにはこのほかに「出土品から歴史を探る」「日本の国歌と国旗」「明治維新と教育立国」などがあります。
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本日はお忙しい中、大変有意義なお話、どうも有難うございました。
『史』平成12年5月号(通巻21号)より