新しい教科書誕生
「歴史」著者の想い
「公民」著者の想い
QandA
すべての教科書はすでに文部科学省の検定に合格しているのだから、どれも学習指導要頷に準拠した内容になっているはずなので、何の問題もないのでは?
検定をパスしても安心できません。
検定はベストの教科書を選ぶ場ではあ りません。いわば.不良品を収りのぞくための仕組みです。しかもそれが十分に機能していないのが実状です。 ですから、それをパスしたからといって油断はできません。現に検定合格後、教科書の内容があまりにも非常識だとして問題になった例も少なくありませんし、結局、教科書会社が自主申請で訂正したこともあります。そこで不良品を排除し、ベストのものを求めるために、どの教科書を採択するかの判断が大切になるのです。
「つくる会」提案の教科書は自国の歴史への愛情をはぐくむことを標榜しているが、それは歴史の負の面を故意に隠した、自虐史観とは逆の意味で偏った内容になっているのでは?
歴史の光と影を公平に取り上げます。
歴史を単純に善悪で裁こうとする態度は、後世の傲慢以外の何ものでもありません。私どもはそのような姿勢を矩否します。また、ことがらのよい面だけを誇大に取り上げなければ国の歴史への愛情を育てることができないという発想も、健康ではないでしょう。私どもは歴史の光と影を公平に取り上げつつ、自然な形で自国への穏やかな愛情を育てることのできる教科書を、子どもたちに届けたいと願っているのです。
「つくる会」提案の教科書は中国・韓国などの政府や国民感情を刺激し、外交上のマイナスをもたらすのでは?
友好の前提は相互の主権尊重です。
当会提案の教科書は、決して他国をいたずらにおとしめるものではありません。しかも教科書の内容は、各国が自国の未来を担う子供たちにどのような教育をほどこそうと考えているのかに関わるもので、それぞれの国の独立と主権に直接つながっています。ですから、わが国として他国の教科書の記述にいちいち口をはさむようなことは、これまでしていません。ところが、中国や韓国は、わが国の教科書に当然のように干渉してきた経緯があります。これはまことにおかしなことです。私どもは、もちろん隣国である中・韓両国との友好を望んでいますが、その場合、お互いに主権を尊重し、不半な干渉は控えるという態度が前提となっていなければならないでしょう。
中国や韓国と対話を深め、共通の歴史教科書を作れば、互いの友好も一層深まるのでは?
アメリカとイギリスに共通の歴史教科書が可能かどうか考えてみて下さい。
歴史教科書は数学や化学などの教科書とは性格が違います。仲の良い友人が一緒に旅行に出ても、それぞれ印象に残る場所が違ったり、その時の思い出は各自、別のものになります。歴史教科書は、いわば国民共通の記憶を基礎とするもので、各国の自己イメージのよりどころとなります。ですから、国家や国民という共同性が失われない限り、他国に完全に迎合するか、他国を完全に同調させるといった異常なケースを除き、他国と共通の内容を望むのは無理というものです。そもそも、日本以外の中国と韓国、アメリカとイギリスなどの間に共通の歴史教科書が可能かどうか考えてみれば、答えは容易に出るはずです。
「つくる会」の活動はルールを逸脱した特定教科書の不当な宣伝では?
公正適切な教科書採択を求めています。
教科書の宣伝についてはさまざまな規制があります。具体的には、(1)独占禁止法に基づくもの、(2)文部科学省の行政指導によるもの、(3)教科書業界の自主規制、の3種類です。これらはいずれも教科書会社や教科書の編著者などを対象とした規制で、ボランティア団体である「つくる会」とは関係ありません。しかも、私どもが進めているのは、教科書が各地の教育委員会の見識と責任において、静謐な環境のもとで、適正かつ公正に採択されるための取り組みなのです。だから、むしろ法的ルールの本来の趣旨を十分に生かそうとする立場に立つものです。
なぜ教科書採択の権限が教育委員会に与えられているのか?
教育について地域の住民を代表するのは教育委員だからです。
時おり教科書の採択について、教育委員会ではなく、専門の知識を持つ教師にまかせればよいという声を聞きます。しかし、地域の教育のあり方は住民全体にとって重大な意味をもっていますので、専門家の意見に耳を傾けつつ、住民の代表によって民主的にコントロールされなければなりません。教育委員会の委員は、選挙で選ばれた自治体の首長が議会の同意を得て任命するものですが、教師は、保護者や住民によって民主的に選出されたものではありません。さらに地域によっては、偏ったイデオロギーにこり固まった教師や、特定の教科書会社と癒着した教師が強い影響力をふるっている現実があります。ですから、教師の意見を参考にしながら、最終的には教育委員の見識と責任において教科書の採択を行う現行のルールは、制度として妥当なものと言えるでしょう。ただ現在、それがルール通り運用されていないことが問題ですので、この点の是正が目下の課題です。
少人数の教育委員が全教科にわたる全社の厖大な冊数の教科書の内容をひとつひとつ吟味検討して、どれが最適かを判断するのは、建前の上では理想的でも、実際には無理ではないか?
公平かつ的確な報告があれば可能です。
採択地区の教育委員会の下には、教科書の調査・研究のために選定委員会や調査員がおかれています。そこから、各教科書についての公平かつ的確な報告が提出されてくれば、教育委員が自らの見識 によって判断することはけっして困難ではないでしょう。 これまでは、教科書を1、2種類に絞 り込んだり、ランクづけしたものが教育委員会に報告され、事実上、使用すべき教科書の種類が決定されるという悪しき慣行によって、教育委員会の責任と権限の空洞化が進んでいました。 このような現状を文部科学省も早くから問題視し、是正の指導に乗り出しています。特に社会や国語など国民としての教養の骨格をなす教科については、教育委員の成熟した判断が大切になります。
教科書が改善されても、それを教える教師が変わらなければ意味がないのでは?
教科書是正は教師の意識改革の第一歩です。
教育の場において教師がもつ意味はたしかに絶大です。しかし、一般の国民が教師の意識改革に直接かかわるのは困難です。そこで私どもは、十分に工夫された教師用指導書を教科書とセットで用意することで、授業の改善に役立てたいと思い、扶桑社に要望して実現しています。さらには教科書を一新し、それを支持する圧倒的な国民の声を教育現場に届けることで、教師が大きく変わってゆく第一歩を築くことができると信じています。
137ヶ所も修正されたのはもとの原稿がよほどひどかったのでは?
ほとんどはテクニカルな修正
137の検定意見は、新規の申請としては必ずしも多い数ではありません。他杜の教科書はいままで検定合格してきた教科書を手直しし提出したものですから数が少ないのです。しかも137の多くは、記述量をへらしたり、平易な表現に改められたりといった、教科書として記述を整えるためのテクニカルな修正を求められたものです。そのほか政治的論点となるいくつかの個所は、この教科書が意欲的に独自の視点を打ち出そうとしたために、文科省の検定方針とバッティングしたのです。*修正箇所全文は『新しい歴史教科書「つくる会」の主張』に掲載されています。
すべての検定修正をうけいれて変わりばえのしない教科書になってしまったのでは?
骨格はしっかり残った
この教科書の独自な視点、基本となる考え方はしっかり残っています。さらに修正によってよりわかりやすくなったり、趣旨がいっそう鮮明になった個所もあります。検定修正による致命的な後退はありませんでした。
検定修正を受け入れず、裁判に訴えてでも最初の歴史観を守るべきだったのでは?
教科書全体の改善が目的
この教科書は一つのイデオロギー、一つの固定した歴史観を守るために書かれたのではありません。教科書全体が改善されるのが目的です。私たちの影響で他社の教科書が少しでも良くなるのなら、それも目的達成の一つといって良いでしょう。慰安婦記事をなくしたり、南京事件の表現を控え目にした他杜の教科書が出て来たことは、私たちの運動の成果の一つです。たとえ半歩前進でもよいのです。検定修正を受け入れて、前へ進むことが大切だったのです。
中国・韓国が検定に圧力をかけたのは感心しないが、教科書の内容にも問題があったのでは?
マスコミが誤解を拡大
中韓での大きな反響は、朝日新聞などが検定中でいまだ記述が確定していない白表紙本の中から、中韓を最も刺激しそうな部分だけを全体の文脈から切り離して、恣意的断片的に引用したことによって誤解が拡大したことが原因です。確定稿の全体を通読していただければ、ことさら中韓への悪感情を植え付けようとするような内容ではないことが理解されると思います。
自虐史観を批判してできたのは自国賛美侵略美化の独善教科書では?
オーソドックスな歴史叙述をめざした
当会は狂信的な独善主義や偏狭な排外主義とは無縁です。我々がめざしたのはあくまでもオーソドックスな歴史叙述であり、歴史の光と影をバランスよく取り上げることです。『新しい教科書』は、これまでの教科書にみられた「非常識」を克服した内容になっています。
他社教科書の変更によってつくる会の教科書も特色がうすらいだのでは?
加害記述が後退しただけでは不十分
加害記述が多少後退したぐらいでは、今までの自虐度が改善されるはずもなく、決してオーソドックスな歴史の叙述とはなっていないでしょう。ご自分の目で確かめて下さい。つくる会の教科書は、世界における日本文明のオリジナリティを古代から現代までの歩みの中に追求し、人物の活躍を通して歴史との連続性を実感できる教科書です。
教科書の執筆者に歴史学者以外のメンバーが多く加わって、内容に信頼性がとぼしいのでは?
読みやすく信頼性の高い教科書になった
日本の歴史学会が今でもマルクス主義から脱却できず、おかしな歴史学者が多いということへの疑問から私たちの運動が起こっています。もちろんそうでない少数の秀れた歴史学者はつねにおり、当会を支えてくださっています。教科書の執筆・監修に携わった伊藤隆先生は近現代史の第一人者です。監修者の大石慎三郎先生は近世史の大家で、文化勲章受賞者です。
これまでの批判の中に神話を歴史のように扱っているとか、修正表で削除された「歴史は科学ではない」との表現に対する批判もあった。このような批判をどのように考えているのか?
神話には神話固有の文化的価値がある
私たちは神話を史実と混同するような態度はとりません。神話には神話固有の文化的価値があり、それを正当に評価し、教科書にも盛り込むべきだと考えているのです。また、歴史は厳密な史料批判にもとづく史実の確定を前提としつつ、その事実をどのように評価し、組み合わせるかという科学を超えた次元を含んでおり、私たちはその点を重く見ています。
他社に比べ分量が多いが、中学生には負担が大きすぎるのでは?
歴史の流れが容易に理解できる
確かに分量も多く、内容も比較的高度なものになっています。 しかし、知識や事項の単なる羅列ではなく、全体を通して歴史 の流れが一つの展開としてつかめるように工夫されていますの で、興味深くしかもスムーズに勉強ができるはずです。むしろ 暗記事項ばかりの教科書よりも中学生の負担はぐんと減ったと 言えるでしょう。
受験に対応できるのか?
受験への対応も万全
入試問題は、全ての教科書に記載のある事柄から出題されますので、新しい教科書だけが受験に対応できないということはありません。また、歴史上の重要事項、キーワードなどをポイントを絞って流れの中で学べるように作成されていますので、受験への対応は万全と言えます。ことに考えさせられる内容が豊富なので、記述式の入試が多くなるこれからの大学入試への早い時期からの準備として、大変有益でしょう。