ドキュメント2001
平成13年採択結果
教科書採択の仕組み
学習指導要領 抜粋
近隣諸国と修正要求
平成12年8月2日産経新聞
西尾会長(当時)の談話は、「検定申請中の『白表紙』の教科書を公表することは検定官に無用の圧力をかけることになり、やってはいけないことだ。私たちが作成した文書かどうか確認ができず、コメントもしない。一般論としては、他国の核兵器に対する『現実的対応』とは、必ずしも核武装ではない。核の脅威にさらされ続けると国家権力が解体される。一つの生命体である国家として座して死を待つことはない。核廃絶は追求すべきだが、正義とは相対的なもの。絶対の善とか悪とかは政治的にあってはいけない。憲法9条に関しては、バランスを失していれば検定で指摘されるだろう」というものだった。しかし、朝日の意図するところは、30日付記事の「抗議声明」に明らかに見て取ることができる。
当会、毎日・朝日に公開質問!
これらの記事には、重大な問題が存在する。それは、新しい教科書の内容が批判されたという点にあるのではなく、検定中の「特定」教科書の内容を報道していることが問題なのである。何故なら、検定官は、予断を持たず平静な環境下に、検定基準や学習指導要領をもとに検定作業に当たらなければならないのに、検定中の特定教科書をめぐる報道や、それによって惹き起こされる様々な反響に触れることによって、強い印象を植えつけられることは避けがたい。そのような条件の下にあっては、検定の公正中立を保つことは困難になると考えられるからである。毎日・朝日の報道はこのような視点からいって、明らかに検定の厳正公平を妨げるものである。検定中の特定教科書を対象としてこれを批判あるいは賛美する報道は厳しく慎まねばならない。この姿勢は、報道機関の当然の倫理というべきであろう。そこで、当会は8月1日に毎日と朝日に対して、次に掲げる公開質問状を提出した。
文部省検定中の教科書内容の報道に関する公開質問
(前文略)
1.今回の貴社の報道は、厳正かつ公平に行われるべき文部省の教科書検定に対する外部からの不当な干渉であり、検定制度そのものへの挑戦とも考えられるが、貴社の責任ある見解をうかがいたい。
2.今回の報道にあたった記者ならびにその記事の掲載を許可した関係者に対しては、厳重なる処分がなされてしかるべきと考えるが、貴社の責任ある回答をうかがいたい。
3.今後、検定申請中の教科書内容についての報道は自粛すべきと考えるが、貴社の責任ある回答をうかがいたい。(後略)
平成12年7月29日
朝日新聞
この質問状は毎日へのものだが、これは大阪本社宛であったため郵送とし、回答の約束等は電話にて対応した。また、朝日新聞宛の公開質問は省略するが、毎日と基本的に同様のものを東京本社へ直接持参した。朝日側は社会部長代理と広報室副室長が社を代表して応対した。当会からは、高森事務局長(当時)がおもむき、紳士的な雰囲気のなか当会の見解を伝え、社会部長代理は期限内の回答を約束した。
そして、回答期限の8月8日までに、毎日・朝日とも回答を寄越した。毎日の回答は「…記事の概略は、文部省に検定を申請している教科書の中に核武装容認ともとれる記述があることを報じたものです。記事を取材、執筆した記者は、こうした記述が検定申請した教科書にあることを知らせるべきニュースと判断し、報道したもので、『教科書検定に対する外部からの不当な干渉』にあたらない、と考えております。今後とも、私どもの報道に深い理解を示していただきたくお願い申し上げます…」との大阪本社編集局長名のものであった。また、朝日の回答は「教科書の内容や検定の過程は、社会に大きな影響を及ぼします。そうした社会的に重要な事柄について、読者にいち早く伝えることは新聞の使命である、と考えております。今後も、これまで同様に取材をするつもりです。また、『「新しい歴史教科書をつくる会」が編集し、文部省に検定申請している』と記事中で記述したのは、それが実態に近く、一般読者にとって理解しやすいと考えたからです。…」との内容であった。
両杜の回答は、当会公開質問に真正面から答えているものではなく、回答をはぐらかすものであった。特に共通する点として、報道の自由から何でも報道してよいとの認識が見られるが、ここには新聞人としての倫理のかけらも見られない。報道の自由とは何でも勝手に放言してよいということではなく、社会のルールを逸脱し、公共の利益を損なうものについては当然しかるべき配慮が払われねばならない。両社の回答は、当会として到底受け入れられないものであった。
なお、朝日の対応について触れておかなければならないことがある。当会は、朝日の東京本社編集局長宛に質問したのだが、回答者の名前は「朝日新聞広報室」となっていた。世間一般の礼儀も朝日は知らないものと思われる。また、朝日は回答文の宛名を当初「新しい歴史をつくる会」と誤記していたことも付記しておく。この様な両社の回答に対して、当会の見解を伝えるべく再度文書を郵送した。毎日宛文書の一節のみを掲げれば以下の通りである。
「回答では記者が『知らせるべきニュースと判断』すれば、あらゆる報道が許容されるとの考えに立っているが、このような姿勢では節度ある報道は望みがたい。もし今後、貴社と同様の報道を各社が他の教科書も含めて競って行なう事態になった場合、果たして検定の厳正中立が保証されるであろうか。報道にあたっては当然、その社会的影響が考慮されねばならない。今回のように、検定申請中でいまだ内容が確定しておらず、原則的に反論も補足説明もできない教科書の記述について、特定教科書を標的とした一方的かつ否定的な報道をなすことは、明らかに不公正で不当である」
文部省へも要望を提出
また、毎日・朝日に公開質問をした8月1日には、文部大臣に対しても次の様な要望書を提出した。
検定中の教科書内容の新聞報道に関する要望書
(前文略)
1.今回の一連の新聞報道に対し、文部省としての見解を表明されること。
2.教科書検定にあたっては、外部からの不当な干渉に左右されることなく、学習指導要領に基づき厳正かつ公平に行うよう関係者をご指導されること。
3.教科書内容についての自由な言論を保障するため、来春の検定終了後はすみやかに検定結果を公表されること。(後略)
尚、同8月1日に文部省記者クラブにて、本問題に関する記者会見を行った。この記者会見では、記者からの活発な質問も出て、当会の見解を説明する場としても有効なものとなった。
このような当会の主張に対し、肯定的な言論もいくつか見られた。まず、産経新聞は、8月2日付で
「検定制度の趣旨損ねる危険性/報道の自由にも一定のルール」
との見出しで、教科書報道にあたっては検定制度の趣旨を踏まえる必要があるとの記事を載せた。翌3日付では
「教科書検定/予断与える報道は慎もう」
との社説を掲載し、マスコミの良識を訴えた。つぎに、「週刊文春」8月10日号には、
「新聞不信/検定申請中の教科書を裁く朝日」
との囲み記事も登場し、「原水協は抗議声明を発表して申請中の教科書の撤回を求めたそうだ。なんと手回しのいいことか。ドラマが脚本どおりに進んでいるのを見せつけられているようだ」と、朝日の偏向を非難している。また、「正論」10月号に連載中の稲垣武氏の「マスコミ照魔鏡」では、朝日の報道の問題点を指摘している。
文相「あってはならない」と答弁!
このような事態の推移の中で特に注目すべきことは、この問題について文部大臣の見解が公式の場で明らかにされたことだ。8月8日、小山孝雄参議院議員が参議院予算委員会において教科書問題に関して質問をした。そこで小山議員は「(今回の不公正報道は)制度としてこれは教科書検定制度の趣旨を損ねるものと考えるが」との質問をされた。これに対し大島文部大臣は、「あってはならないこと。教科書検定に関しては、それを決定した後に公表し、開かれていくわけで、経過の中であってはならないことだと思う」と答弁した。これは、文部省の見解を公式に示したものであり、当会の主張と一致するものである。毎日・朝日をはじめ報道機関は、このことをしっかりと確認しなければなるまい。
共同通信、文相答弁を無視して配信
文相が先の答弁をしたにも関わらず、共同通信は特定の歴史の白表紙本を批判した「『戦争に善悪つけがたい』/中学歴史教科書の申請本」との記事を配信した。この配信を受けて地方各紙が8月15日に合わせて報道した。これも毎日・朝日の報道と同様に「特定」の白表紙本を取り上げており、文相答弁に真っ向から反する配信・報道であった。そこで、次に掲げる公開質問を共同通信社編集局長宛に提出した。
文部省検定中の教科書内容の配信に関する公開質問
(前文略)
1.貴社は現行の文部省検定制度に対し、これを尊重すべきものと考えておられるのか、それとも尊重するに足らぬものと考えておられるのか、あるいはまた別の考えをお持ちなのか、うかがいたい。
2.先頃「毎日新聞」「朝日新聞」が当会の名前をあげつつ、検定中の特定教科書の内容を批判的に報道したが、これが国会で取り上げられ、大島文部大臣は「あってはならないこと」「(検定結果を)決定した後に公表し、開かれていくわけで、経過の中ではあってはならないこと」と明確に答弁された(8月8日参議院予算委員会)。これは検定当事者が自ら、検定中の特定教科書の内容を報道することが、検定作業の公正を保つ上で障害となるとの認識を示したものに他ならない。貴社の今回の配信は、まさに大島文相が「あってはならないこと」とされたものに該当する。貴社は文部大臣の答弁をいかに受け止めておられるのか、うかがいたい。
3.今後、他の検定中教科書も巻き込んで、マスコミ各社が競って今回の貴社と同様の配信、報道を行なう事態になった場合、果たして検定の厳正中立が保証されるであろうか。貴社の認識をうかがいたい。
4.今回のように、検定中でいまだ内容が確定しておらず、原則として批判された側の当事者が反論も補足説明もしにくい状態にある教科書の記述につき、特定教科書を標的に予断を与える配信、報道をなすことは、著しく公正を欠く行為と考えられるが、もしそうでないと主張できる根拠があればうかがいたい。
5.私どもは検定終了後、文部省検定の具体的論点をめぐる当否、教科書記述の内容について、国民に開かれた論議が大いにまきおこることを歓迎する。しかしそのことと、検定期間中に内容の未確定な個別の教科書につき、一方的な報道を行なって「論議」を誘発しようと企むこととは、全く別のことがらである。前者は教科書内容や検定制度の改善に資するものだが、後者は検定が適切公正になされる上で障害となるからだ。それとも貴社は検定が適正になされることについて、一切配慮する必要がないとお考えなのか、うかがいたい。(後略)
上公開質問状は、8月21日に高森事務局長(当時)が共同通信に持参し説明のうえ手交した。共同通信側は、編集局次長・社会部長・法務部長が応対した。法務部長が同席するなどかなり警戒していた模様だった。
面談時、共同側は返答するかどうかも含めて検討するとの慎重な対応だったが、2日後の23日には編集局長名で「…私どもは、読者に伝える必要があると判断した情報をすみやかに報道することが使命と考えています。たとえ検定中の教科書の内容であろうとも、この原則に変わりはありません。過去の教科書検定におきましても、必要と判断した場合は検定作業中の教科書の内容に関する報道をしてきております。…」との回答を郵送してきた。この回答も毎日・朝日と同様当会からの質問への真正面からの応答を回避し、完全に開き直ったものであるが、特に悪質なのは、文相答弁を頭から無視していることである。この様な態度は、マスコミの横暴といわれても致し方あるまい。そこで、次に掲げる見解をまとめ、再度文書を郵送した。
(前文略)
1.貴社は私どもの質問事項1〜5のいずれについても具体的に回答することができなかった。そこで今回の返書によって各項についての貴社の立場を導き出すと次のようになろう。まず第1項については、文部省の検定制度を尊重するつもりはない。
2.第2項については、文部大臣の答弁も何ら意に介するに及ばない。
3.第3項については、今後、他の検定中教科書も巻き込んだマスコミ各社の報道合戦に事態が発展し、それによって検定の厳正中立が損なわれても一向に構わない。
4.第4項については、今回の配信は確かに公正を欠く行為で、それに反駁すべき根拠は何もない。
5.第5項については、検定が適正になされることについて、一切配慮する必要はない。
6.有力な通信社である貴社が教科書の信頼性を支える検定制度に対し、右のごとき態度をとられていることは、忌々しきことで、報道機関としての倫理感覚を疑わざるをえない。もし貴社が報道機関として最低限の良識を保持されようとするなら、今後、検定の趣旨を踏まえた報道を心がける必要があろう。(後略)
これに対し、共同通信は編集局長名で「…私どもは新聞倫理綱領に基づき正確公正な報道を心がけています。今回、貴会の見解の中で『今回の返書によって各項について貴社の立場を導き出すと次のようになろう』として1から5までの項目を列記されていますが、これらはいずれも弊社の立場とは異なるものであります。…」との返事を寄せてきた。しかしこの文書にも質問の本題に対する回答はまったく示されていない。新聞倫理綱領には「表現の自由は人間の基本的権利であり…その行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない」と明記する。今回の配信は明らかにこの規定に反するものといえよう。そこで、共同通信に対しては、改めて、最初の質問への誠実な回答を求める再質問状を郵送した。
また、共同の配信を受けて報道した「秋田魁新報」は、その後8月18日付朝刊にて、新しい教科書は「よもや採択になるまい」と明年の採択結果にまで言及した記事を掲載したため、秋田支部の藤原支部長が論説委員長に面談の上、公開質問状を手交した。
以上、一連の特定白表紙本報道に関する動きを概観してきた。いうまでもなく当会は、教科書に関する報道一般にクレームをつけようとしているのではない。検定の厳正・中立を保つ為に、検定中は特定の白表紙本の内容を報道すべきでないと主張しているのである。検定終了後は、積極的に報道され、国民的議論が活発化することを望むものである。報道機関には、この点への理解を強く求めてゆきたい。
また、文部省に対しても、国内のマスコミによる圧力だけでなく、近隣諸国の外圧にも屈せず、我が国の将来のため公正な検定を求めるものである。
『史』平成12年9月号(通巻23号)より
平成12年10月26日
週間文春
11月10日の衆議院文教委員会において、特定の中学歴史教科書の不合格工作に関連して自民党の馳浩議員が外務省に対して次のように質問した。
〈外務省の組織的関与が指摘されているが、いかがですか。中国政府が特定教科書に懸念を表明し、旧日本軍の残虐行為の記述を減らさないよう再三、外務省に要求していたのか。9月19日に、元外交官と外務省の教科書問題担当課長と後藤田正晴元官房長官の3人が、教科書問題で協議していたと疑われているが、事実か。元外交官が、審査前の検定教科書、いわゆる白表紙本の内容を外務省に漏らしていたのではないかと疑われているが、この4点について外務省に質問したい。〉
槙田邦彦・外務省アジア局長はこれに対して、「外務省が組織的にこの問題に関与しているということはない。中国政府が外務省に再三要求していたという事実もない…元外交官と外務省の課長と後藤田元官房長官の3人が、この教科書の問題について協議したことはないと承知している。白表紙本の内容を外務省に漏らしたという事実もない」と4点を全て明確に否定する答弁を行った。
どこまでも外務省はシラを切るつもりのようであるが、ならば今日までに判明した事実を明らかにしよう。以下の事実は全て槙田アジア局長には報告されているから、「承知していない」とは言わせない。
元駐インド大使・野田英二郎氏が10月30日付で「教科用図書検定調査分科会」から、義務教育教科書の価格を調査する「教科用図書価格分科会」に配置換えとなり、事実上、更迭された。文部省によれば、「これまでの調査によって、野田氏には、他の委員に予断を与え、審議の公正さを損ないかねない行動があったと認められたため、教科書検定に対する信頼と審議の公正を確保する観点から、この措置を講じ、教科書検定の審議に携わらせないことにした」という。
では、「他の委員に予断を与え、審議の公正さを損ないかねない行動」とは一体どのような行動であったのか。この点については、産経新聞を始め、週刊誌を含むさまざまなメディアが独自の取材を行い報道を行っているが、改めてこれまでの経緯とその背景について整理しておきたい。
間一髪だった野田工作
野田氏が他の委員に働きかけたのは、おおむね10月に入ってからで、電話やFAXそして手紙で工作が行われた。働きかけを受けた委員によれば、「手紙は二枚位で、ぎっしり書いてあった。日本の悪口を書け、戦争犯罪をどんどん書けと言われた。中国のことは書くなともあった。戦争反対の一貫性がない。文革で何が起きたかだ。こんなものを配付するのはおかしい」「まず電話があり、手紙を送るといわれた。その翌々日に四枚のワープロ打ちの手紙が来た。南京問題や満州事変など四点について、具体的なぺージを指定して記述のおかしさを主張し、これが通れば中国の対日感情が激しくなるともあった。こうした話は委員会の席上ですべきである」という。
こうした不合格工作は、野田氏を除く十人の審議会の歴史小委員の内、8人になされており、相手によって手紙の枚数やトーンは異なるが「こんな教科書はダメですよ」「ああいうのはけしからん」などというものであった。野田氏以外の3人の委員も不合格にすべきだという意見に傾いていたようで、この不合格工作の影響であと2人の委員が不合格に賛成すれば、同委員会の過半数を占めるというきわどい情勢にあったことが判明している。
外務省の関与は歴然
野田氏の手紙に明記された白表紙本の問題記述の分析内容は、9月19日に行われた後藤田正晴氏と外務野田省の小原雅博氏(アジア局地域政策課長)と野田氏との三者会談を踏まえてまとめたものであることが分かっている。
また、10月30日付産経新聞によれば、「中国政府の意向を受けた外務省が、非公開となっている特定教科書の白表紙本をもとに、元外交官委員による他の委員への働きかけや審議会での発言を想定した独自の見解をまとめ、歴史担当と公民担当の元外交官委員に伝えていた」ことが判明した。
野田氏が「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆者に含まれる中学歴史教科書を不合格にすべきだとする理由は、次のようなものであるという。
1.韓国併合の「必要性」に触れた記述は韓国を刺激する。
2.日中戦争に「引きずり込まれていった」との記述は侵略の事実に反する。
3.東京裁判を不当なものだとする記述は、日本が判決を受諾した事実に反しており、国際的反響が強く懸念される。
4.この申請図書が合格すれば、ドイツのネオ・ナチと同一視され、外交的に極めて憂慮される。
5.戦後の日本の歩み方が正しかったと考えている国民大多数の常識を否定する趣旨で貫かれている。
「ネオ・ナチ」とは、ドイツの一部で台頭しつつある人種差別思想や排外思想を持つネオ・ナチズム運動のことである。「外務省が元外交官委員の不合格工作を想定して独自にまとめていた見解」の詳細は明らかになっていないが、産経報道によれば「歴史担当と公民担当の元外交官委員に伝えていた」という外務省見解の指摘個所と前述した野田氏の不合格工作文書が問題にした個所とは多くの部分で重なっているという。
韓国併合と日中戦争の記述について「植民地支配と侵略を謝罪した村山富市首相談話にそぐわない」と強調したり、東京裁判の記述について「判決を受け入れている」などと指摘している点が共通しているという。
外務省は省ぐるみの不合格工作を否定しているが、白表紙本の問題記述を具体的に指摘し、他の委員会への働きかけや審議会での発言を想定した外務省独自の見解を二人の元外交官委員に伝えていたということは、明らかに省ぐるみの不合格工作といえる。しかも「次官やアジア局長や中国課長も協議に参加している」(『諸君!』12月号の西尾幹二論文「汝ら、奸賊の徒なるや」参照)ことが判明しており、いかに外務省が否定しようとも、省ぐるみで不合格工作について協議したという事実はいかなる申し開きもできないものである。
韓国マスコミの反応
野田更迭問題に韓国の新聞は敏感に反応し10月28日付『朝鮮日報』は早くも「自民党、外圧疑惑」-「歴史歪曲」反対の審議委員、除外主張-と報じ、同31日付『中央日報』は「更迭された日本の良心」と題して、次のように報じた。
〈野田氏の人事は自民党右派の圧力によるものだ。ある保守マスコミが野田氏の文書問題を持ち出すと、自民党は20日に罷免を要求した。いわゆる自虐史観を批判してきた「日本の将来と歴史教育を考える若い議員の会」の影響が大きく作用したものとされる。この会の会員は百人を超え、前職事務局長が内閣の要職を受け持っている。〉
また、11月1日付『朝鮮日報』は、更迭劇を『教科書歪曲論争』1ラウンドでは右翼が気勢を上げた」と評し、同9日付『東亜日報』は論説室長の以下のコラムを掲載している。
〈良心のある審議委員一人が、文部省によって電撃的に更迭されてしまった。この事件を見ると、日本の市民団体も指摘するように、日本の政府が歴史のでっち上げを事実上主導しているとしか考えられない。〉
外圧検定の構図
日本の新聞が白表紙本の内容を暴露して批判的に報道し、それを受ける形で韓国、中国の新聞が大々的に批判キャンペーンを展開し、両国政府が日本政府に懸念を表明する、という14年前の『新編日本史』の外圧修正事件と同じ道を辿りつつあり、最終的に外務省、文部省のみならず、官邸に中韓政府の外圧がいかなる形でかかってくるかが強く懸念される。
審議会が開催される前に、不当な検定不合格工作が明るみになったため、今回は間一髪のところで危機を免れたが、2月に予定されている審議会での最終的な合否決定がどうなるか、14年前のような内閲本合格後の「超法規的措置」に基づく外圧修正がくり返されないか、全く予断を許さない。
外務省の総合外交政策局も教科用図書検定調査審議会に対する多数派工作について協議しており、外務省として各方面に働きかけて検定不合格にもっていくことを基本方針とし、同審議会で合格が決定した場合、最後の手段として、官邸から文部省に対して不合格にするように指導を出してもらうよう、総理の了承を事前にとりつけることなどが検討されている。
また、9月22日にアジア局の小原雅博地域政策課長が元駐カナダ大使で同審議会委員(公民小委員会のメンバー)の中平立氏に電話をかけ、中国、韓国の反応等について説明した上で、問題の教科書は全体的に記述が適当でないので、審議会で積極的に発言するよう要請したことが分かっている。その際、外務省が問題と思う箇所にアンダーラインを引いた白表紙本のコピーと「応答要領」並びに韓国等の報道資料を参照資料として送付したことも判明している。
外務省は省ぐるみの不合格工作について否定しているが、これだけの事実が判明している以上、もはや組織ぐるみの関与は誰の目にも明らかである。いかなる弁明も通用しない。
『史』平成12年11月号(通巻24号)より
詳細は『諸君!』平成12年12月号、『正論』平成13年1月号拙稿参照
既に報道されているが、民主党の鳩山由紀夫代表が韓国において、当会提案の教科書は「偏狭なナショナリズム」であり「採択されることは望ましくない」と言い、波紋を呼んでいる。本来教育は中立公平を保ち政治的圧力から自由でなければならない。にもかかわらず、政治家それも政党の代表が特定の教科書に対して「不採択」を求めるかのような言動をすることは、断じて許される行為ではない。もちろん鳩山氏個人の信条や言論の自由は保障されて然るべきであるが、教育に不当な影響を与えるようなことは厳に慎むべきであり、また政治家が特定企業の営業を妨害する権利などどこにもない。さらに、この発言が韓国でなされたことも理解に苦しむ。相手国に対日外交力ードや国益を損なうような言質を与えることについて、どのように考えているのか。政治的圧力をもって特定教科書の不採択を画策し、それを韓国で表明するというのは、日本の政治家が取る態度ではない。鳩山氏に猛省を促すとともに、発言の撤回を求める。そもそも、鳩山氏は「新しい歴史教科書」を読んだのだろうか。発言が具体的な内容について触れていないところをみると、「新しい歴史教科書」を手にとって読んだことさえないのではないかと思われる。もし読んだことがないのなら、鳩山氏の言動は「偏見」と言う他ない。読んだことがあるとしたら、一体どの記述が「偏狭なナショナリズム」に当たるのか明らかにしてほしい。具体例を提示せず、悪イメージを植え付けるのだけはあまりにも無責任と言うべきであろう。この鳩山氏の「暴言」に対して当会は質問状を民主党本部に届け、また公開討論を申し入れた。これに対し、鳩山氏が文書による回答を得た。しかし、その内容は質間の趣旨をはぐらかすものであり、到底まじめに回答したものとは言えない代物であった。公開討論については「今後、検討させていただきます。」とのみあった。そこで、当会は、再質問状を送り、回答を待っている。
『史』平成13年5月号(通巻26号)より
扶桑社関係
【主題名】
6世紀の三国及び国際関係
【教科書内容
(原文引用)
】
高句麗が衰退し始め支援国である北魏も没落
【修正要求意見】
根拠のない主張――当時高句麗は北魏と直接対決したりもした
【検討結果】
我が国の学界においては、高句麗が北魏にたびたび朝貢を行い、北魏が高句麗を冊封していたことから、北魏を高句麗の宗主国とすることは広く認められており、これを「支援国の北魏」と表現することは、学説状況に照らして、明白な誤りとは言えず、制度上、訂正を求めることはできない。
【主題名】
倭寇
【教科書内容
(原文引用)
】
日本人以外に朝鮮人も多く含む・・・大部分は中国人
【修正要求意見】
「倭寇=日本人」という既存の歴史認識を払拭させるため倭寇に朝鮮人と中国人を含めて記述
【検討結果】
我が国の学界においては、前期倭寇に朝鮮人も含まれていたこと、後期倭寇が中国人を主体としたものであったことは広く認められており、このような学説状況に照らして、明白な誤りとは言えず、制度上、訂正を認めることはできない。
【主題名】
日露戦争
【教科書内容
(原文引用)
】
日本は韓国(朝鮮)の支配権をロシアから認められ・・・有色人種国日本が当時、世界最大の陸軍大国であった白人帝国ロシアに勝利したのは、世界中の抑圧された民族に独立の限りない希望を与えた
【修正要求意見】
満州と朝鮮半島の支配権確保という戦争の目的を隠蔽し、「人種間戦争」に美化
韓国の支配権を認められ、抑圧を受けた民族には独立の希望を与えたと矛盾した記述
【検討結果】
我が国の学界においては、日本が大国ロシアに勝利したことがアジアの人々に希望を与えたという面があったこと、この戦争結果が欧米に広範な衝撃を与えたという面があったことは、広く認められている。このような学説状況に照らし、またポーツマス条約に関し「日本は、韓国(朝鮮)の支配権をロシアに認めさせ」たという戦争目的達成についての記述もあること、ナショナリズムに関し中国や韓国における日本への抵抗についての記述があることを踏まえると、明白な誤りとは言えず、制度上、訂正を求めることはできない。
【主題名】
朝鮮の西欧列強に対する認識と国際的地位
【教科書内容
(原文引用)
】
欧米列強の武力脅威を十分に認識できないでいた
【修正要求意見】
欧米の武力脅威に対する朝鮮の対応を日本の方式と比較して低く評価
【検討結果】
我が国の学界においては、当時、朝鮮も大勢として中国と同様の夷狄観を背景に欧米の進出に対応したことは広く認められており、学説状況に照らして、明白な誤りとは言えず、制度上、訂正を求めることはできない。
【主題名】
日本=武家社会、 朝鮮=文官社会論
【教科書内容
(原文引用)
】
中国・朝鮮両国は文官が支配する国家であり、列強の脅威に十分対応できなかったという考えもある
【修正要求意見】
論理的な根拠なしで武家社会である日本が文官社会である朝鮮よりも優越するという先入観を注入する表現――日本の対外膨張・侵略をごまかす
【検討結果】
我が国の学界においては、当時の日本が武士を支配階級とする社会であったこと、アヘン戦争に衝撃を受け、機敏に対応したこと、当時の中国と朝鮮はともに文官が武官に優越する社会であったこと、アヘン戦争の結果を深刻に受け止められなかったということは広く認めれられている。このような学説状況に照らして、明白な誤りとは言えず、また「・・・という考え方もある」という断定を避けた表現となっており、制度上、訂正を求めることはできない。
【主題名】
朝鮮の近代化と日本の関係
【教科書内容
(原文引用)
】
朝鮮の開国以降、その近代化を助けるために軍制改革を支援した。朝鮮が外国の支配に屈さない自衛力ある近代国家となるのは日本の安全においても重要であった
【修正要求意見】
朝鮮に対する日本の影響力を植え付けようとした目的を隠し、軍事援助で朝鮮の独立に寄与したかのように叙述することで事実をごまかす
【検討結果】
我が国の学界においては、当時朝鮮半島が他の勢力下にはいることが日本にとっての脅威となるという認識があったことは広く認められており、このような学説状況に照らして、明白な誤りとは言えず、制度上、訂正を求めることはできない。なお、記述では、「軍事援助」ではなく「軍制改革を援助」としているところである。
文部科学省の中韓両国政府修正要求についての精査結果の公表に対する見解
本日、文部科学省は中国及び韓国政府からの検定済中学校歴史教科書に対する修正要求についての精査の結果を両国政府に伝達すると共に、その内容を公表した。これに対する当会の見解は以下の通りである。
1.今回の精査によって中国及び韓国政府の修正要求が学問的に十分な根拠を持たないものであることが明らかになった。
2.扶桑社版教科書については既に執筆者グループの自己点検にもとずく自主訂正の手続きをとっており、結果的に中韓両国政府の修正要求には一切、応ずる必要がないことが判明した。
3.文部科学省も事実関係と歴史の解釈を分け、後者についての修正を回避したことは、検定制度の趣旨を守ギリギリの努力として評価する。
4.大阪書籍版教科書について誤りの指摘がなされているが、他国の要求により、検定のルールを逸脱して訂正を求めるようなことがあってはならない。
5. しかし、そもそも外国政府が日本の検定済教科書の内容に対し、立ち入った修正要求を行うことは、わが国の主権を損なう行為である。もしそのような行為が許されるなら、当然わが国から他国に対して同様の修正要求を行うことも相互主義の立場から是認されねばならない。だが互いに相手国の教科書へ修正要求をエスカレートさせるような事態は、両国の友好にとって決して望ましくないであろう。中韓両国政府は今後ニ度と今回のような行動をとられないよう強く求める。また、今回の修正要求が、採択の時期に行われたことによって、特定の教科書に不利な印象を与える材料として日本国内で利用されたことも、内政干渉の一側面として重大な問題である。
6.文部科学省は教科書への国民の信頼を確保するため、検定のルールを厳守すべく努めていただきたい。また、内政干渉の根拠となりがちな「近隣諸国条項」の見直しを求める。
平成13年7月9日 新しい歴史教科書をつくる会
7月6日、テレビ朝日『ニュースステーション』は教科書問題を取り上げた。その内容は実にひどいものだった。印象映像ばかりで構成されたお粗末なこの特集は、申し訳程度に高森事務局長(当時)のインタビューを流した他は、反対派の意見のみを一方的にとりあげ、当会の名誉を著しく傷つけた。さらに、コメンテーターの清水建宇氏があからさまに採択を妨害する発言をおこなうなど、政治的中立、多角的視点を定めた放送法に違反する内容であった。当会は、同番組が採択の公正性に悪影響を及ぼし、結果として特定教科書会社の業務を妨害するおそれがあるとして、テレビ朝日に対して7月9日付で抗議をおこなった。それに対し、テレビ朝日側は7月13・16両日、報道局報道センター長福田俊男氏と本田英男部長が当会事務所に訪れ、回答書を提出すると共に清水氏に対しては中井靖治報道局長、福田センター長、本田部長の3名が注意を行い、本人も行き過ぎた発言があったことを認め、今後この種の発言は慎むとの誓約を受けたことを報告した。さらに19日放送のニュースステーションで清水氏の「私の発言に対し『つくる会』から抗議が寄せられた。自分の意図は採択権を持たない教師や保護者に対し、中韓との友好を考えて欲しいというもので、採択を妨害するつもりはなかった」との発言を流すことになった。
『史』平成13年7月号(通巻27号)より
民主党の菅直人幹事長は、7月13日福岡市での記者会見において、「彼ら(「つくる会」)は、自分たちの歴史観を主張する一つの思想集団、政治集団として、選挙にでも出て堂々と意見を述べればいい。検定という制度をある意味で利用して主張を展開し、その結果、アジアで日本が孤立することになっても何ら責任を感じようとしない、大変ひきょうなやり方だ」と述べた。また、同氏のホームページでは、10日付で、「教科書問題に靖国参拝問題が重なった結果、日韓と日中関係が予想以上に悪化し始めている。「つくる会」なる団体は国粋的な思想政治集団であるのなら、政治団体として堂々と自らの思想を説けばよい。教科書検定を利用して事を起こし、アジアにおいて日本が孤立化することの責任をどうとるのか」との記事を掲載した。
これらの言動は、氏の誤解・偏見に基づいて当会の名誉をおとしめ、教科書問題の本質から目を逸らすものであり、断じて許されるものではない。そこで、当会は、7月13日付で抗議声明を発表するとともに、16日付で公開討論を申し入れた。以下にその内容を公開する。
民主党菅直人幹事長の当会批判発言に対する抗議声明
新しい歴史教科書をつくる会会長 西尾幹二
民主党の菅直人幹事長が福岡市内の講演会で当会を批判した発言は、国政に関与する公党の幹部としてはあまりに不見識であり、常軌を逸したものである。当会は菅氏に対し、以下の通り反駁するとともに、発言の撤回ならびに謝罪を要求するものである。
一、教科書間題に関する韓国のこのたびの強硬措置は、これまで日本の教科書を好き勝手に動かしてきた特権がゆさぶられていることへの危機感から生れたものである。すべては韓国の国益に発した威嚇であるという問題の本質を菅氏は見抜いていない。
一、菅氏は「つくる会が問題の種を作った」と発言しているが、そもそも教科書間題の発端が「国籍不明の教科書」とすら評されるような、従来の教科書の内容にあることは多くの識者の認めるところである。そのことは、来春より施行される新学習指導要領の歴史的分野の目標に、「わが国の歴史に対する愛情を深め」の文言が新たに追加されたことからも明らかである。菅氏の発言は、教科書間題のこの背景に関するおのれの無知をさらけ出したものである。
一、さらに、菅氏は当会に対して「一つの政治集団なのだから選挙に出るべきだ。検定制度を利用して主張を展開している」と発言している。当会を政治集団と決めつけるその発想は、思想と政治の区別もつかない愚かさを露呈したものである。菅氏が特定の教科書について、その採択を妨害するためにほしいままの言辞を弄することは、当会としては断じて容認できない。 平成13年7月13日
なお、抗議、公開討論の申し入れについて、7月16日現在返事はない。
『史』平成13年5月号(通巻26号)より
【
前代未聞の再協議で選定が覆る
】平成13年7月25日、栃木県の小山市・栃木市・下都賀郡の2市8町で構成する、下都賀採択地区教科用図書採択協議会は、去る7月11日の審議で投票により選定された扶桑社を取り消し、東京書籍を選定し直した。再審議が開催された会場には、扶桑社を批判する横断幕を掲げた20名程の集団が訪れ、真摯に対応する協議会担当者に向かって「でくの坊」と叫ぶなど、一時騒然となった。協議会側が用意した受付簿には、日教組系の栃木県教組・共産党系の全教・自治労など組合名が書かれていた。
教科書採択の権限は市町村教育委員会にあるが、この下都賀地区の様に、いくつかの教育委員会が同じ教科書を使用する共同採択区では、通常、地区協議会を設けて審議をする。そして、そこで選定された教科書を各教育委員会で承認する形となっている。当然、11日の協議会にて正当に選定された結果は、各教委で承認され採択されるはずであった。しかし、後述する異常な事態により、一度選定した会社を取り消し別の会社に選定し直されるという前代未聞の結果となった。
【
東京新聞が選定を報道
】ある委員の話によると、11日の審議会では、扶桑社の教科書に対する賛否両論が論じられ、最終的には無記名投票にて、過半数を占めた扶桑社が選定されたとのこと。各委員はその結果を受け入れ、異議はなかったという。また、この選定は、県教委の指導を尊重し、各教委での採択が終了し県教委へ報告するまでは、非公開とすると申し合わされた。
しかし、東京新聞が翌12日の朝刊で扶桑社に選定されたことを報道し、他の報道機関もそれに追随した。
11日の審議会で扶桑社に反対したある委員は、「あの時は、扶桑社に反対した私も投票の結果を受け入れた。他の委員も結果を受け入れたはず。また、非公開にするとの約束もしたのに、マスコミに漏れたのは遺憾だ。再審議というのは、手続き的にもおかしい」と語っている。
ある中学校の校長は、「今回の報道は、『つくる会』に反対する人のリーク情報が基になっていると思う」と語っている。誰が情報を漏らしたかは不明だが、朝日新聞栃木版や同ホームページにおいて、地区内の国分寺町長(当時)若林英二氏は、「私は、この教科書にどうしても賛同できない。〜中略〜ある会合で顔を合わせた教育委員は、私の手をとって言いました。『町長の発言で助かりました。よくぞ言ってくれた。下都賀全体が救われた」と。」と述べています。また、12日の報道後ではあるが、14日に若林氏は朝日新聞に地区協議会の猛省を促すという文書を送付していた。
この一事を見ても、反対派が一部報道機関と結託し、採択妨害を働いたことは明らかといえよう。
【
陰湿な外部圧力
】栃木市の教育長鈴木功一氏は、「(朝日報道の翌日)13日には、300件以上の電話、ファックスも電子メールもたくさんきている。九割は『採択するな』という抗議で、自宅にまで取材の電話が殺到。家内までノイローゼになってしまう」と述べている。
反対派は報道直後より、文書やホームページ等で抗議を呼び掛けており、組織的な圧力攻勢を展開した。ある町の教委担当者は、「25日に決定が覆るまで、電話もファクスもひっきりなしという感じでしたよ。〜中略〜対応するだけで手一杯。あの二週間あまりの間は、ほとんど日常の仕事が手につかないほどひっきりなしに電話とファックス攻めでした」と語り、別の教委では、ファックス用紙が無くなってしまったとのことだった。
これを採択妨害と呼ばずして何を採択妨害というのか。また、反対派は、単なる妨害に止まらず、脅迫にまで及んでいる。当初の協議会で扶桑社に投票した栃木市の教育委員長・小林一成氏(神社宮司)の自宅には、深夜に「神社が燃えていないかい」「90歳のおばあちゃん、杖を突いて歩いているけど階段から落ちなければいいね」との電話がかかってきたという。
【
公正な採択を!
】前代未聞の協議会再審議によって扶桑社が排除された原因は、次の発言からも推測することができる。11日の審議会で結果に同意した国分寺町の印南英輔教育長は、先の選定を否定した町教育委員会開催後に、「騒がれている教科書を採択することは疑問視する意見があった」「(扶桑社は)いい点もあり、ユニークという意見も出た。ひとつひとつの記述に問題はないと思う」と語っている。これはつまり、内容には問題はないが外部圧力に影響されて結果を覆したということであり、この発言は選定を覆した地区内各教委の本音を表しているといえよう。
この様な事態となった責任の一半は、非公開の情報を報道した新聞・テレビにあるといえる。朝日新聞は7月18日付「待ったその教科書」という記事の中で、『つくる会』教科書の採択に反対する教師や住民らの運動は、県内ではなかった。しかし、今回の下都賀地区の方針が明らかになると、全国から抗議のファックスが各教委に殺到した」と、正直に地元では強い反対がなく決められたが、朝日が報道したから「全国」から抗議が寄せられ扶桑社を排除できたと述べている。栃木県教委は公正な採択を保つために、県への報告前での公表はしないように指導している。社会的影響力を強く持っている報道機関は、当然、最終報告前に公表しないという趣旨をまもるべきだ。報道機関の責任は大である。
また、反対派の行動が不当・不法なものであったことは確かだが、それに屈した教育委員会の責任も見逃せない。各教育委員会は、少数の反対派の大きな声に惑わされることなく、冷静に多数派住民の声に耳を傾けなければならない。
一連の事態の中で、扶桑社に賛成する住民は、節度を保ちつつ、圧力に負けないようにと教育委員会に要望書や電話などを寄せた。また、22日には、小山市内で「不当な妨害を排除し『新しい歴史教科書』の採択を求める下都賀地区緊急集会」が開催され、準備期間がわずか3日程であったにも関わらず600名もの参加者が駆けつけている。会場に満ちた、自分達の子供に扶桑社の教科書を与えたいという住民の熱気は、凄まじいものがあった。これらの良識ある多数意見が、教育委員会に反映されなかったことは誠に遺憾である。
『史』平成13年9月号(通巻28号)より
国立市を含む全国の教科書採択現場は、予想以上の「非常識の限度を超えた異常で」「民主主義とは全く裏腹な」「良識と勇気という言葉が死語となった」現代日本社会の恥部を映し出すものであった。
7月24日(火)、教科書採択を決める国立市教育委員会が開催された。それに先立ち左翼市民グループは連日連夜、反つくる会教科書のチラシを市民に大量配布、戦争美化の扶桑社版教科書採択反対キャンペーンを展開し、市民に当日は教育委員会を”人間鎖の輪で包囲しよう”という革命まがいの呼びかけを行い左翼市議一丸の街宣活動を実施した。チラシには教育委員の名前を記し、扶桑杜版教科書に反対する旨の抗議電話・FAX送信を誘導、全国インターネットで教育委員会への圧力を要請した。また地方公務員法違反には目を瞑り、一橋大学名誉教授、市内中学教員を動員しての教育シンポジウムを開催するなど特定教科書に対するあからさまな攻撃を行った(市民グループは「子どもを主体とする学校行事を求める会」、「とめよう戦争への道百万人署名運動推進 三多摩協議会」「中核派」など多数)。
当日は左翼市民グループ約200名が市役所に参集、手に手に反つくる会教科書のプラカードを掲げ、戦争賛美の教科書反対、産経新聞報道はすべてウソ…という虚偽情報をマイクで垂れ流し、”人間鎖の輪”をつくって教育委員会に圧力をかけた(”人間鎖の輪”とは国際共産主義インターナショナル組織の常套手段)。偏向歴史・公民教科書配布の行く末はこういう人たちの大量製造につながるのだ。
委員会の模様は翌朝の産経朝刊報道のとおり、教育委員長が教育長と息もぴったりに淡々と審議を進行。まず委員長が表層的理由で教育出版を推薦、教育長がそれに同意を表明、るる推薦理由を述べる。さらに委員長案に賛同する中身のない一女性委員。歴史・公民ともこれで教育出版に決定という筋書き通りの運びで、誰にも「裏で何があったのか」という疑念を抱かせるものであった。かたやもう一人の女性委員は面識こそないが、終始学習指導要領の目標に照らし、常識という観点から扶桑社版教科書推薦の理由を理路整然と仔細に説明され、良識と勇気を備えた教育委員の真のすがたを髣髴とさせて心ある人たちに感動を与えた。しかし左翼からは心ない反応。左翼側委員は終始虐げられてきた民衆の声なき声を充分反映しているかに重点をおく説明で確信的に日本書籍を推薦。
憂慮すべきは学習指導要領を踏まえた発言は、ただの一人!本来委員長が学習指導要領の目標・内容を踏まえて進行すべきだが本人は一切触れず。委員会は結果的に左翼の意見を尊重、踏襲し、教科書採択改善を願う地元民の陳情・要望はおろか東京都教育委員会教科書選定資料の改善指針をすら悉く無視したという点である。石原都知事の教科書改善に関わる声明も教育長の耳に届かず、いちおう聞き置いただけというだけか…。このような市教委にそもそも教科書採択権限の資格があるのだろうか。不適格な教育委員が椅子を占めているという現実と併せ、不当な圧力に屈して正論を通せない現採択制度に対する基本的疑問は、採択制度の崩壊をさえ暗示するものとして、支部関係者一同が心を痛めている。(西束京支部)
【
一部活動家が採択をねじ曲げた!ー杉並区
】
7月24日、杉並区教育委員会で教科書採択が行われた。杉並区教育委員会の傍聴枠は20名、それに145名が殺到した。当選率は7倍以上。杉並区役所6階にある委員会議場の廊下・階段を人が埋め尽くしている。これだけで関心の高さがうかがえる。まあ、関心といっても左翼の動員がほとんどだ。
会議が始まる前から、「見ろよ、委員どもを。まるで人形だぜ」とか「会議の運営がまるでなってないんだよ。傍聴が多いってのはわかってたろうが、無能なんだよなあ」などとの下品な言葉が聞こえよがしに飛び交っていた。これは本当に活動家たちだな、との感想を抱いた。
「傍聴の方は静かになさったほうがいいんじゃないですか」という声もあり、しばらく左翼たちは黙っていたが、ある委員が「扶桑社を推したい」と発言したら、「ええー、ちゃんと責任取れるんだろうな」と口汚い野次が飛んだ。傍聴人に学校の先生がいたかどうかはわからなかったが、もしいたとしたら、こんな教師に習う子供たちはほんとうに「かわいそう」だと思った。
会議では、扶桑社を推薦する委員がやはり一番勉強しているみたいだった。べつに手前味噌というわけではなくて、扶桑社を推す委員の発言が時間にして一番長かったし、内容によく触れていた。他の委員は「中学生には難しい」「教師には難しい」という理論(?)を展開するだけだった。
ところで、「教師に難しい」っていう理論(?)は成り立つだろうか。私には成り立たないような気がする。だって、それなら「もっと勉強しなさい」と教師に言えばいい。それに、私が読んでみてもそんなに難しい教科書じゃない。一般の人もそう思っているはず。中学生が自分のおこづかいで買って、一人で読破している例も少なくない。あの程度の教科書を難しいといってるようじゃ教師失格といわれても仕方がない。それに教師用指導書という解説書がつくのだから、何も難しいことはない。難しい教材を分りやすく生徒に説明するのが教師の仕事。教師が生徒に理解させ、興味をもった生徒は教科書でもっと深い学習ができる。扶桑社版教科書、いい教科書だ。
いずれにせよ、緊迫した異様な雰囲気の中の採択だった。区役所のまわりは奇妙な集団(新聞報道では、中核派や共産党系団体、労働組合など区外の活動家約三百人)に取り囲まれてるし、議場では野次の嵐だし。これで公正な採択というのなら、それこそ日本の良識は死んだといった感が強い。ここで、日本を再び目覚めさせるには、強力な国民の連帯が必要だ。左翼の圧力を上回るほどの連帯が。昨今の「つくる会」の勢いを見ていれば、不可能ではないはず。まだまだ、これからだとの思いを強くした。
『史』平成13年9月号(通巻28号)より
8月7日午後11時50分ごろ、当会事務所の入居するビルに対して時限発火装置を用いた放火事件が起こった。警察の調べでは、革労協反主流派の犯行と見ている。この事件は、当会事務所を狙ったものであろうが、同ビルの2階3階部分には、当会と何ら無関係の方々が住んでおり、一般人を巻き込む極めて卑劣な行いと言うほかない。当然、刑法108条の現住建造物放火罪に該当し、最低で5年の懲役、最高で死刑にあたる重罪である。革命軍を名乗るグループが出した犯行声明には、東京都教育委員会による扶桑社版教科書に対する「革命的鉄槌」で、「徹底破壊を勝ち取った」と書かれていたが、幸い実害は網戸が焼け落ちただけで、事務局員、近隣の住民ともに身体に被害はなかった。ただ、一歩間違えば事務所を含む近隣の建物が焼損し、犠牲者が出た恐れもあり、到底許される行為ではない。
当会の主張に反対するのは自由だが、テロに訴えるというのはあらゆるルールから著しく逸脱した行動である。理論で反論できないからこのような暴挙に出たのであろうが、公正・中立に行われるべき採択を暴力で妨害しても、国民の支持は絶対に得られない。採択妨害を目論む輩の本性を明るみに出した事件であったと言えよう。当会は、反対派による今回のテロに対し、断乎として抗議する。なお、事件後にたくさんのお見舞いやお電話を、会員の皆様をはじめとする多くの方からいただいた。皆様のご厚意に深く感謝します。当会は、このような反対派による卑劣なテロ屈することなく、教科書改善運動をさらに力強く推し進めていく。
『史』平成13年9月号(通巻28号)より
産経新聞2001/10/17
■「多様性」評価
21世紀の最初の年にあたる平成13年は、歴史教科書、靖国神社参拝などをめぐり、日本のマスコミ報道のあり方や中国・韓国など近隣諸国への対応が問われた。9月11日、米国で起きた日本人を含む数千人を超える犠牲者を出した同時多発テロ事件では、憲法問題を含めた日本の国際貢献やテロに対する「国のありよう」が問われた。新聞週間にあたり、「教科書」「靖国」「終戦記念日」「同時多発テロ」の4テーマについて、朝日・毎日・読売・産経の主要全国紙の社説(主張)を2日間に分けて検証する。(論説委員 石川水穂)
■検定に圧力を加えるのか
朝日社説は「検定の行方を注視する」という見出しで、「検定を受けている教科書の内容は公表されていない」としながら、この中学歴史教科書の執筆に加わっている「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらの主張について「あまりにバランスに欠けている」「当時の日本の国民の苦しみや、侵略を受けた人たちを無視した一方的な解釈」などと書いている。
検定中の白表紙本の内容には触れず、執筆者らの歴史観を批判する書き方をしているが、近く最終合否を決める教科書検定調査審議会の審議に予断を与える危険性があることに変わりはない。検定制度の趣旨を逸脱した論評だと言わざるを得ない。(2月23日)
■幅広い歴史教育の時代
来春から全国の小中学校で使われる教科書の検定結果が発表され、中学社会科(歴史)では新規参入の扶桑社を含む八社の教科書が検定に合格した。横並びの傾向が強かったこれまでの教科書に比べると、各社が特色を出し合うようになった。多様な歴史教育の時代を迎えたといえる。
採択は、各採択区を構成する市町村の教育委員らによって決定される。従来は、現場教師らの人気投票に当たる「学校票」や特定教科書の「絞りこみ」の結果を、ただ追認するケースが多かった。しかし、社会科などの教科には依然、特定のイデオロギーに偏った反体制的な教師が多く、現場だけには教科書の採択を任せられない状況がある。教育委員の主体的な判断と見識が問われるときでもある。(4月4日)
■検定の行方を注視する
「新しい歴史教科書をつくる会」の主導でつくられた二〇〇二年度版の中学歴史教科書が、文部科学省の検定に合格する可能性が高まってきた。そのことを懸念するのは、中国や韓国から強い反発が出ているからではない。教科書づくりに中心的役割を果たしている「つくる会」のメンバーらのこれまでの主張が、あまりにもバランスに欠けていると思うからだ。
「自虐史観」などと攻撃し、過去の植民地支配や戦争を肯定的にとらえようとする。それは、当時の日本の国民の苦しみや、侵略を受けた人たちを無視した一方的な解釈である。こういう歴史観を教室で教えることが、次代を担う子どもたちのために本当によいことなのだろうか。疑問を禁じえない。(2月22日)
■現場の声を排除するな
市町村教委は教科書採択の際、教員や校長らを調査員に選んで資料をつくってもらい、採択の参考にするのが一般的だ。
「つくる会」側は、「教委に報告する前に調査員らが教科書を絞り込んだり、学校が投票したりするところがある」とし、「それらを追認することで教育委員会の採択権限が形がい化されている」と批判している。中には学校投票自体の廃止を求める請願もある。
だが教委の決定権をことさら強調することで、教育現場の声を切り捨てようとするのは好ましくない。教科書で授業をするのは教員だ。(2月24日)
■やはり、ふさわしくない
国の検定はできるだけ控えめであるべきだ。多様な教科書があってよい。しかし、国際化がさらに進む次代を担う子どもたちには、事実を多角的に認識し、自分の頭で判断する力をつけてほしい。その点で「つくる会」教科書は、なおバランスを欠いている。教室で使うには、やはりふさわしくないと思う。
たとえば、戦争を日本に都合よく見ようとする偏狭さである。第2次世界大戦下、日本が占領した地域の代表者らを集めた「大東亜会議」に1ページを割くなど、アジアの解放を導いた、とする姿勢は検定を経ても変わっていない。
天皇中心の視点も際だっている。神話を物語として紹介する域を超え、「神武天皇の東征伝承」などをルート地図まで入れて、7ページにわたって載せた。戦前の国定教科書と見まがうほどだ。(4月4日)
■よい教科書への一助に
検定に合格した日本の中学歴史教科書について、韓国が再修正を求めてきた。
誤りだと分かれば、訂正するのは当然だ。正確でバランスのとれたよい教科書を、子どもたちに届けることこそが、何よりも大事なことだ。検定さえ通ればそれでよい、というものではあるまい。(5月9日))
■日本は思想の多様性許容の国だ
中韓両国が、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆した中学歴史教科書を検定不合格とするよう日本政府に求める姿勢を強めている。両国に対しては、基本的に、日本の検定制度は両国のような「国定教科書」を定めるものではない、ということを理解するよう、強く求めたい。
そもそも、検定に提出される白表紙本は不公表のはずである。それが、中国、韓国に流出して批判の対象となっていること自体が、おかしな現象である。これは、外国に迎合して“ご注進”することにより、外圧を利用する形で日本国内の世論を操作しようとする一部マスコミが常用する手法の結果だろう。(3月2日)
■「公正な検定」に理解を求めよ
原文と修正文とを比較してみると、全体的に、特定の考えを自明のこととして押し付けているような記述が、客観的な表現に改められている。検定は厳正にその役割を果たしたと言っていい。
この教科書は確かにユニークだが、それを欠点というわけにはいかない。むしろ、日本における言論の自由、多様性の表れと見るべきだろう。
採択の権限は市町村の教育委員会にあるが、現実には教師が選んでいる例が多いという。しかも、それは特定の教師に偏り、必ずしも大多数の教師の意見は反映されていない。教育委員会は機能を強化し、採択のゆがんだ実態を改める必要がある。(4月4日)
■韓国の修正要求は内政干渉だ
日本の法律に基づく検定を完了した教科書に修正を要求するのは、明らかな内政干渉である。
教科書問題が日韓間の外交問題になった背景には、八二年以来の外務省の極端な事なかれ主義の対応もあった。そのトップに就任したばかりの田中外相は、「つくる会」の教科書の実物を見もしないうちから、「事実のねじ曲げ」などと批判する不見識を見せた。外務省には今後、教科書問題では、特に、筋の通った対応を求めたい。(5月9日)
■「子どものため」の視点貫けるか
混乱を極めたのは栃木県小山市など二市八町で作る下都賀地区教科書採択協議会だった。
採択の方針が報道されて以後、協議会を構成する各教育委員会に対し、ファクスや電話による激しい抗議活動があったことが影響した。一方でこれに対抗する動きもあった。真夜中に教育委員長の自宅に電話が入ったりもしたという。
多様な思想、活発な言論活動は民主主義の基本であり、日本の教科書検定制度もそれによっている。しかし、そこにはおのずと節度がなければならない。(8月2日)
■歴史の直視こそ未来を開く
(扶桑社の歴史教科書を)不合格にすべきだと主張するつもりはない。ただ、2点言っておきたい。
一つは、扶桑社の歴史教科書は、教科書として優れているとは評価し難いということだ。検定合格後は、教科書を使う側の採択の問題になるが、中学生が学ぶのにふさわしいものとは思えないのである。
もう一つは検定の廃止を視野に入れた改革に踏み出す時期にきているということだ。自由発行、自由採択にし、使う側の良識にゆだねる方が望ましい。
扶桑社版歴史教科書の原本(白表紙)は、あまりに問題が多かった。まず、検定意見数が他社に比べて突出している。
内容面で問題なのは、日本を美化し、特に近現代史における日本の行動をやむを得なかったなどと正当化していることだ。植民地支配での加害行為や負の側面には、ほとんど触れていない。(4月4日)
■教師の経験と識見生かせ
採択の透明化を図らなければならないのは、一部請願の言う通りで、採択経過の公開や、理由の開示は、必要なことだ。採択にかかわる保護者らを増やし、より幅広い視点から検討するのも悪いことではない。
ただ問題なのは、採択の場から現場教師を排除する意図が露骨なことだ。実際に教科書を使って授業をするのは教師であり、その経験と識見を重視するのは当然だ。教師の意見をどう採択に反映させるかの過程には工夫の余地があるが、必ずしも専門家ではない少数の教育委員にすべてをゆだねるのは無理がある。初めから「教師は信頼できない」というのでは、制度そのものが成り立たない。(5月1日)
■再修正とは別の方策探れ
歴史的に日本と関係の深い近隣諸国が、歴史教科書の内容に関心を寄せるのは当然だ。まして要求の過半を占めた扶桑社版教科書の申請本は、日本を過度に美化し、植民地支配での加害行為や負の側面には、触れていないなど問題が多い。優れた教科書と言い難いことは、以前触れたとおりだ。
しかしそうであっても、教科書検定制度にのっとって一度合格させた教科書の記述を、外国の要求によって再修正するようなことは好ましくない。事実の誤りがあれば別だが、日本側が主体的に判断することであり、応じるべきではない。
今回の韓国の要求に対しても、その精神で真しに受け止め、誠実に対応しなければならない。検定終了後の再修正は無理だが、両国の友好に資する別の方途を探る知恵を出すべきだろう。(5月9日)