まえがき
日本の歴史教科書が憂うべき現状にあることは、関係者の努力によって、ようやく広く知られるようになった。外国の教科書かと見まごうばかりの他国の歴史上の英雄が登場し、他方、近代日本はアジア諸国を侵略しまくった犯罪者のように描かれる。「従軍慰安婦の強制連行」という虚構が中学校のすべての歴史教科書に書き込まれたのは、九年前のことであった。「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されたのは、そうした現状を何とかして打開しようとしたものであった。
四年前(2001年)の教科書採択から、採択の実権が現場の教師から教育委員の手に取り戻される傾向が現れたことから、中学校の歴史教科書に関する限り、「慰安婦」という言葉が一掃されるなど、多少改善の兆しが見えなくもない。しかし、そのような極端な事例の手直しがあるとはいえ、歴史教科書を貫く基本的な論理や記述の骨組みは、従来と全く変わっていないのが実態である。
それには二つの柱がある。その一つは、階級闘争史観であり、もう一つは自虐史観である。この二つの柱があるために、歴史教科書は依然として、日本歴史の特質や、そのダイナミックな展開のおもしろさを少しも伝えるものになっていない。歴史教科書の見直しは、単なるあれこれのトピックをめぐる帰趨を超えて、日本歴史の骨格に関わる問題を争点とした議論が必要とされているのである。
本書は、こうした問題意識から、古代から現代にいたる日本歴史の主要な争点とすべき問題を十テーマ選び、そのことを論じるに最もふさわしい論者や専門家にお願いして編纂した。本書は、「新しい歴史教科書をつくる会」が2004年の2月から11月まで開催した「歴史教科書10の争点」と題する連続講座の内容をもとにして加筆修正したものである。その場の語り口の雰囲気を生かすために、文体は話し言葉のままとした。
講座では、各登壇者は、担当したテーマについて、ご自身の主張や見解を積極的に提示するとともに、その立場から歴史教科書の現状に対する批判的論評を求められた。さらに後半の時聞で、テーマについての理解を深めるために、私(藤岡)が登壇者に質問し、時には私見を述べつつ、テーマについての理解を深めることとした。私は、テーマの設定と登壇者の選定、講座の進行役をかねた企画全体のコーディネーターを務めた関係で、「つくる会」とともに本書の編者に名を連ねることになった。
本来、ここで、各テーマの設定の意味を説明すべきであるかもしれないが、目次を一覧しただけで、自ずから一定の了解を得られるようにも思われる。そこで、「つくる会」の趣意書の中から、本書の十のテーマが設定される背景にある立場を示す次の一節を引用することで、解題に代えたい。
《世界のどの国民も、それぞれ固有の歴史を持っているように、日本にもみずからの固有の歴史があります。日本の国土は古くから文明をはぐくみ、独自の伝統を育てました。日本はどの時代においても世界の先進文明に歩調を合わせ、着実に歴史を歩んできました。欧米諸国の力が東アジアをのみこもうとした、あの帝国主義の時代、日本は自国の伝統を生かして西欧文明との調和の道を探り出し、近代国家の建設とその独立の維持に努力しました。しかし、それは諸外国との緊張と摩擦をともなう厳しい歴史でもありました。私たちの父母、そして祖先の、こうしたたゆまぬ努力の上に、世界で最も安全で豊かな今日の日本があるのです。
ところが戦後の歴史教育は日本人が受けつぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものでした。特に近現代史において日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くにあつかわれています。(中略)
私たちのつくる教科書は、世界史的視野の中で、日本国と日本人の時自画像を、品格とバランスをもって活写します。私またちの祖先の活躍に心踊らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる、日本人の物語です。教室で使われるだけでなく、親子で読んで歴史を語りあえる教科書です。子どもたちが、日本人としての自信と責任を持ち、世界の平和と繁栄に献身できるようになる教科書です》
二〇〇五年六月
藤岡信勝