氷河時代の日本列島
約1万年前までの氷河時代には,日本列島は大陸とつながって陸続 きとなることもあった。陸続きになると,日本海はまるで大きな湖のようだった。ナウマンゾウなどの大陸の動物たちが渡ってきて,それを追って人間の群れもなだれ込んできたと想像されている。
花粉の化石の分析などから,日本では,氷河時代にも厚い氷におおわれることなく,動植物が絶滅せず繁殖し続けていたことが分かっている。豊かな食料を求めて,人々は大陸から渡ってきたのだった。こうして,日本でも旧石器時代が始まった。
森林と岩清水の生活文化
約1万年前ごろに最後の氷河期が終わって,氷が解け,海水面が上昇して,日本の地形は今と同じ海上の列島となった。日本海には暖流が流れ込んで,列島は温帯の
落葉広葉樹林<らくようこうようじゅりん>(ナラ・ブナなど)におおわれた。ことに東日本は,豊かな木の実や山芋などのほかに,サケ,マスなどの川魚にも恵まれていた。カツオ,マダイ,スズキといった海の幸。イノシシ,シカ,マガモ,キジといった山の幸。それに豊富な貝類。このように比較的,食料に恵まれていたので,日本列島の住人は,すぐには大規模な農耕を開始する必要がなかった。
大陸の農耕,牧畜に支えられた四大文明はいずれも,砂漠と大河の地域に発展した。それに対し,日本列島では,森林と岩清水に恵まれた地域に,1万年以上の長期にわたる生活文化が続いていた。
大陸と日本列島とでは,生活条件が異なっていた。違った条件のもとでは,文明や文化は当然,違った形となってあらわれた。
かつて土器のルーツといわれた西アジア(メソポタミア)の壺は,最古のものでも約8000年前である。それに対し,日本列島では,およそ1万6500年前にさかのぼる土器が発見され,現在のところ世界最古である。のちに表面に縄目の文様がつけられたことから,縄文土器<じょうもんどき>とよばれる。西アジアの土器は食べ物の貯蔵用のものだが,縄文土器は早くから煮炊きに用いられ,底に加熱の跡を残している。このことは,大きな規模の農耕生活がなくとも,豊かで発達した食生活が得られることを物語っている。縄文土器を用いていた1万数千年前から紀元前4〜同3世紀ごろまでを,縄文時代とよぶ。 |