[言語と文字] 人類の文化は話す能力にかかっている。人類がたがいに言葉を交わしあい,話すことを始めたのは,100万年以上前であったと考えられている。それに対し,文字は,最古のシュメール文字でさえ,発明されたのはやっと6000年前である。粘土板に刻まれた単純な記号が文字の始まりであった。言語と文字はまったく別のものである。縄文時代は約1万6500年前にまでさかのぼることができ,縄文人は言葉を交わしあっていたに違いないが,当時,地球上で文字を使用する人類はまだ存在していなかった。
日本語の文字の歴史は,中国から漢字を取り入れたときに始まる。どう古くみても,約2000年前である。それより以前にも,日本列島の住人は日本語を話していた。文字のない社会にも長い言語生活があったからだ。しかし,その起源は果たしていつか。日本語はどこからきたのか。列島内で生まれたのか。複数の言語が一つになったのか。言語学者によって,縄文語の存在も推定されているが,その大本をなす縄文語の長い歴史となると,ほとんどなにも分かっていない。
ただ一ついえるのは,日本語は中国語から文字を借りてはいるが,中国語とは遠い親戚語でさえないことである。大陸のどこにも日本語の祖語<そご>(共通の祖先に当たる言語)はまだ発見されていない。
[起源は謎] 英語やフランス語やドイツ語などの西洋語と,インドの古い言語は,一つの祖語から枝分かれして,インド・ヨーロッパ語族という大きな系譜図をつくっている。同じように大陸にはセム語族,ウラル語族,ドラヴィダ語族,シナ・チベット語族などがある。日本語はそのどれにも属していない。言語学的には,系統関係が定かでない言語として朝鮮語,アイヌ語,ギリアーク語などがあるが,日本語もまた,そのような系統不明の孤立言語の一つである。
けれども,日本語は現在,地球上で話されている人口数で,七番目の大きな位置を占める言語である。起源は謎だが,基礎的な単語の音や用法が日本語に類似している例として,学者たちはビルマ系,カンボジア系,インドネシア系,オーストロネシア(マレー・ポリネシア語族など)系の言語をあげており,インド南部のタミル語との近似性を指摘する学者もいる。
[神話と口承<こうしょう>] 文字のない社会では,人間は記憶力に頼った。祖先のむかし語りや村落の先例をよく記憶している人がいて,掟のかわりをなした。
神々や英雄の物語も,口から口へと伝えられた。今日のわれわれからは想像できないほど,長く複雑な伝承が語りつがれ,例えばアイヌ民族の「ユーカラ」のように,すぐれた口承文学を残した例は,世界に多い。人間の記憶力は文字の使用によって減退したらしい。
日本神話もそうした口承の遺産である。一般に神話には,科学的にはすぐに説明のつかない不思議な話が多い。例えば,オオゲツヒメという食物の女神は,口や鼻の穴や尻の穴からご馳走を出す。スサノオの命<みこと>が怒って女神を殺害すると,死体の頭から蚕が,目から稲が,耳から粟が,鼻から小豆が,性器から麦が,尻から大豆が発生した。これにより農業が始まったとされる。
解体された死体から食べ物が得られるこのような話は,ニューギニアからメラネシアにかけて多く見いだされる。縄文時代に南から新しい文化の渡来があったのではないかともいわれている。切り刻んで,土の中に埋めて増殖をはかるイモの栽培と関係があるとも考えられている。女性をかたどった縄文土偶は,しばしば,ばらばらに壊され,分散して出土する。これも収穫への祈りと関係があるらしい。 |