一つの政治的なまとまりが,大きな力を備えた統一政権になるには,通常,長い時間を必要とする。
大和朝廷<やまとちょうてい>がいつ,どこで始まったかを記す同時代の記録は,日本にも中国にもない。しかし 『古事記』<こじき>や
『日本書紀』<にほんしょき>には,次のような伝承が残っている。
天照大神<あまてらすおおみかみ>の直系である 神日本磐余彦尊<かむやまといわれびこのみこと>(のちに神武天皇とよばれる)は,45歳のとき,
日向<ひゅうが>(宮崎県)の 高千穂<たかちほ>からまつりごとの舞台を東方に移す決心をし,水軍を率いて瀬戸内海を東へ進んだ。大阪湾から上陸を志すが,
長髄彦<ながすねひこ>の強い抵抗を受け,一人の兄を流れ矢で失う。二人の兄は海上で暴風雨をしずめるための犠牲となった。苦難の末,軍勢は熊野(和歌山県)に上陸し,大和を目指す。けわしい山道を踏み迷うさなか,天照大神のお告げがあり,頭の大きいカラスの
八咫烏<やたがらす>が道案内をしてくれる。神日本磐余彦尊は,抵抗する各地の豪族をうちほろぼし,服従させて目的地に迫る。再び長髄彦がはげしく進路をはばむ。冷雨が降り,戦いが困難をきわめたちょうどそのとき,どこからか金色に輝く一羽のトビが飛んできて,
尊<みこと>の弓にとまった。トビは稲光のように光って,敵軍の目をくらました。こうして,尊は大和の国を平定して, 畝傍<うねび>山の東南にある
橿原<かしはら>の地で,初代天皇の位に 即<つ>いた。
■2月11日の建国記念の日は,『日本書紀』に出てくる神武天皇が即位したといわれている日を太陽暦になおしたものである。 |