勝利の代償
日露戦争(1904〜1905年)の勝利の結果,日本は世界列強の仲間入りを果たした。しかし,立場の上昇は,必ずしも有利や安全を意味しない。アメリカは,日本の満州独占を警戒し,日本が手に入れた南満州鉄道の共同経営を求めてきた。また,カリフォルニアでは,日系移民排斥の動きがおこった。日清戦争のころから欧米で唱えられ始めた黄禍論に,再び火がついた。
日本の勝利に勇気づけられたアジアの国には,ナショナリズム(自国を愛し,国益を主張する思想や立場)がおこった。それは,トルコやインドのような遠い国では,単純に日本への尊敬や共感と結びついたが,中国や韓国のような近い国では,自国に勢力を拡大してくる日本への抵抗という形であらわれた。加えて,日本には,大国として他のあらゆる大国と力の均衡の政策を保ち続ける新しい必要が生じた。勝利がもたらした新局面に,当時の日本人が十分に対応することは困難だった。
韓国併合
日露戦争後,日本は韓国に韓国統監府を置いて支配を強めていった。日本政府は,韓国の併合が,日本の安全と満州の権益を防衛するために必要であると考えた。イギリス,アメリカ,ロシアの3国は,朝鮮半島に影響力を拡大することをたがいに警戒しあっていたので,これに異議を唱えなかった。こうして1910(明治43)年,日本は韓国内の反対を,武力を背景におさえて併合を断行した(韓国併合)。
韓国の国内には,民族の独立を失うことへのはげしい抵抗がおこり,その後も,独立回復の運動が根強く行われた。
韓国併合のあと,日本は植民地にした朝鮮で鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い,土地調査を開始した。しかし,この土地調査事業によって,それまでの耕作地から追われた農民も少なくなく,また,日本語教育など同化政策が進められたので,朝鮮の人々は日本への反感を強めた。 |