平成15年9月号(通巻40号)より
高校教科書問題
中学校よりひどい高校日本史
南京虐殺や創氏改名などの記述を支える近隣諸国条項
記述の実態
  今年の4月、検定合格が発表された高校教科書の記述内容についてはすでに多くの批判記事が発表されています。

 実際、その記述を見てみますと、平成8年、すべての中学校の歴史教科書に「従軍慰安婦」問題が現れた状況の再現かとさえ思わされます。

 南京事件ではほとんどの教科書に虐殺数が書かれ、創氏改名もすべての教科書が強制・強要されたとあり、また、中学校教科書からほとんど消えた慰安婦問題が「従軍」を冠して登場しています。強制連行も、ほぼどの教科書も掲載しています。

 また、本会や『新しい歴史教科書」を誹諺中傷する記述もあり(実教出版『日本史A』、東京書籍『政治・経済』、山川出版社『現代の政治・経済』)、4月15日、本会が文部科学大臣宛に追加検定の要望書を提出し、記者会見を開いたことはご承知のとおりです(『史』5月号参照)。

 さらに、天皇に関しては否定的に記述する傾向が強く、例えば、昭和天皇の崩御について「死去」(山川出版社『日本史A』、実教出版『日本史B』、東京書籍『日本史B』など)と表記し、中には「病没」(東京書籍『新選日本史B』)とさえ表記するものがあり、開いた口がふさがらないとはこのことです。

 では、具体的にどのような記述になっているのか、記述の詳細を紹介する前に、高校の社会科の教科書は「地理歴史」として、日本史A・B、世界史A・B、地理A・B、「公民」は、政治・経済、現代社会、倫理に分かれていて、一つの版元が複数の教科書を出版していますので、ここでは平成15年度以降に使用される日本史の教科書を紹介します(表示年度以外は平成15年度検定)。

 因みに、日本史はAとBがあり、Aは近現代史を中心にまとめられ、Bは大学受験用として通史となっています。

日本史A
(1) 東京書籍 日本史A 現代からの歴史(平成14年)
(2) 実教出版 高校日本史A(平成14年)
(3) 三省堂 日本史A
(4) 清水書院 高等学校 日本史A
(5) 山川出版社 日本史A
(6) 山川出版社 現代の日本史(平成14年)
(7) 第一学習社 高等学校 日本史A 人・くらし・未来
(8) 桐原書店 新日本史A(平成10年)
   
日本史B
(1) 東京書籍 新選日本史B
(2) 東京書籍 日本史B
(3) 実教出版 高校日本史B
(4) 実教出版 日本史B
(5) 三省堂 日本史B
(6) 清水書院 高等学校 日本史B
(7) 山川出版社 高校日本史
(8) 山川出版社 新日本史
(9) 山川出版社 詳説日本史(平成14年)
(10) 桐原書店 新日本史B
(11) 明成社 高等学校最新日本史(平成14年)
(12) 清水書院 要解日本史B(平成9年)

 では、実際、どのような記述になっているのか、まず、とくとご覧ください。それは日本史ばかりではなく、 世界史や公民にも及んでいるのですが、ここでは、そのひどさを象徴していると思われる日本史の「南京事件」と「創氏改名」について紹介いたします。

南京事件の記述
山川出版社(詳説日本史)
南京陥落の前後、日本軍は市内外で略奪・暴行をくり返したうえ、多数の中国人一般住民(婦女子をふくむ)および捕虜を殺害した(南京事件)。南京の状況は、外務省ルートを通じて、はやくから陸軍中央部にも伝わっていた。[330頁、注3]

山川出版社(新日本史)
その際、日本軍は中国軍捕虜・一般中国人を含めて少なくとも数万人以上を殺害し、国際的な非難を浴びた(南京大虐殺)。[347頁]

実教出版(高校日本史B) 歴史のまど 南京大虐殺
中国側は、市民や武器を捨てた兵上など30万人以上の人々が日本軍によって虐殺されたと発表している。[203頁、注4]

東京書籍(日本史A 現代からの歴史)
捕虜をはじめ、女性をふくむ一般住民が10数万人以上殺害されたといわれ、当時世界では注目されたが、日本国民にはまったく知らされなかった。[139頁、注5]

東京書籍(日本史B)
その際、約20万人ともいわれる捕虜・非戦闘員を殺害するとともに、略奪・放火・性暴力を多数ひきおこした(南京大虐殺)。[338頁]

桐原書店(新日本史B)
このとき略奪、放火、暴行のかぎりをつくし、陥落から1か月あまりのあいだに南京市内で、婦女子を含む一般住民のほか捕虜もあわせると、およそ20万人といわれる大量の人びとを虐殺した(南京大虐殺事件)。このため国際的な非難をあび、中国国民の抗戦意識はさらに高まった。[362頁、注2] *新日本史Aもほぼ同様の記述

三省堂(日本史A・B)
南京を占領した日本軍がくり広げた暴行・掠奪・放火・集団的な虐殺がおこった。犠牲者の数については諸説あるが、歴史学者の洞富雄は20万人を下らない数、中国側は30万人、という見解をもっている。[A=103頁、注2 B=321頁、注2]

第一学習社(高等学校 日本史A 人・くらし・未来) 
このあいだ、日本軍は南京の占領に際し、多数の中国人を殺害し、略奪・放火・暴行をおこなった。この南京大虐殺(南京事件)の犠牲者の数については、のちに極東国際軍事裁判で、20万人以上とされ、日本側の責任がきびしく追及された。[109頁]

清水書院(要解日本史B)
この間、南京占領に際し、日本軍は婦女子をふくむ多数の住民を虐殺した(南京大虐殺)。[181頁]

明成社(高等学校 最新日本史)
そのさい、日本軍によって非戦闘員に多くの犠牲者がでた(南京事件)。これは、戦後の東京裁判で大きな問題とされた。[245頁、注10]


 昨年の検定に合格していた山川の『詳説日本史』は犠牲者数を「数万人〜40万人に及ぶ説がある」と記述して大きな波紋を投げかけ、秦郁彦氏などの歴史学者や本会副会長で東大教授の藤岡信勝氏などから強い非難を浴び、中でも上杉千年氏が「理科の教科書に〈月に兎がいるという説もある〉と紹介するようなもの」と的確な批判をしたことは未だ耳目に新しいことかと思います。

  その後、本年2月初旬になって、山川が記述の削除を申請し、それを文部科学省も認めていたことが発覚、使用本では先に紹介したような記述になりました。

 それにしても、南京事件については学界でも、亜細亜大学の東中野修道教授などが次々と新しい研究成果を発表しており(本誌2頁、浜田實氏論考参照)、いわゆる「南京大虐殺」といわれるものが、実はプロパガンダの所産だったことが明らかとなりつつあります。

 また、中学校の歴史教科書問題をきっかけに近現代史見直しの声が澎湃として起こっているにもかかわらず、学界の研究成果を無視して、バランスを欠いたこのような記述が高校教科書に堂々と掲載されていることに驚きを禁じえないのは筆者だけではないでしょう。

 因みに、中学校の場合、前々回(平成7年)の検定では7社中6社が犠牲者数を入れていましたが、前回(平成
12 年)の検定では2社に減り、日本書籍が「20万人ともいわれる捕虜や民間人を殺害」と記し、清水書院は脚注で「数万人、十数万人、30万人以上などと推定されている」という記述となっています。

 前回の採択で、日本書籍の採択率は13.7%から5.9%(約8万部)にまで落ち込んで倒産し、日本書籍新社がその後を引き継いでいます。また、清水書院も採択率は3.9%から2,5%(3万3千部) に落ちています。
創氏改名の記述
山川出版社(日本史A)
1940(昭和15)年から実施された「創氏改名」は朝鮮人の古来からの姓名を日本式の氏名に改めさせようとしたものである。[200頁]

山川出版社(新日本史)
朝鮮や台湾においても、日本語教育の徹底、姓名を日本式に改める創氏改名や神社参拝の強制など、極端な日本への同化を求める路線が、皇民化政策として実施されるようになった。[351頁]

実教出版
(日本史B) 
朝鮮では、女性が結婚しても姓をかえず、一家族内で複数の姓があることが普通であったが、日本は、日本の家族制度にあわせて同一家族内に一つの姓しか認めない「創氏」を強制し、あわせて日本風に名を改める「改氏」「改名」を奨励した。これが1940年からはじまった「創氏改名」である。[376〜 377頁]

東京書籍(日本史B) 
台湾や朝鮮では、皇民化政策が日中戦争が始まるとさらに強められ、日本語教育が徹底されるとともに、神社参拝、宮城遥拝と日の丸掲揚が強制された。また、1940年には、朝鮮では「創氏改名」、台湾では「改姓名」という、日本的な家制度の導入と、より皇民化したことを住民自身に示させる手段として日本式氏名への改名が実施された。[348頁]

桐原書店(新日本史A)
朝鮮では、皇民化政策の名のもとに、1938(昭和13)年には学校や官庁などで朝鮮語の使用が禁じられ、翌年には日本式の氏名に改名させる創氏改名が命令された。[70頁]

三省堂(日本史A・B)
朝鮮は戦争のための人と物資の供給基地とみなされ、神社参拝や学校での日本語の強制使用など大日本帝国の臣民として一体化するための皇民化政策が徹底された。1939年には名前を日本風にあらためさせる「創氏改名」が強制され、1943年には徴兵制がしかれ、1945年には台湾にもこれを適用した。[A=117頁、B=330頁]

第一学習社(高等学校 日本史A 人・くらし・未来)
朝鮮では、朝鮮民族固有の文化を否定して、徹底して日本に同化させる皇民化政策(天皇の民とする政策)が展開された。日本は朝鮮の民衆に対して、日本語の使用や神社参拝を強要し、朝鮮民族固有の姓名を日本式氏名にかえさせた(創氏改名)。[111頁]

清水書院(高等学校 日本史B)
日中戦争がはじまると、朝鮮・台湾などの植民地でも、日本本国にならって国民精神総動員運動が展開された。運動では、神社崇拝、日本語の強制、日本式氏名を強制した創氏改名など、植民地の民族性を否定し、あらゆる面で日本への同化を強制する皇民化政策が実施された。[221頁]

明成社(高等学校 最新日本史)
昭和十年代から朝鮮・台湾では、日本語教育や神社参拝、日本式に氏名をなのらせる創氏改名などの皇民化政策をおし進めた。[251頁、注6]

 創氏改名については、本年5月末、自民党の麻生太郎政調会長(当時)が東大における講演のおりに「朝鮮側から要望があった」と事実を述べたにもかかわらず、朝日新聞などが「失言」として糾弾する報道をしたことがありました。ただ、これをきっかけに月刊誌などが特集を組んだことで、創氏改名の実態が一般化したことは幸いでした。
 
  本誌7月号でも、なぜ朝鮮の人たちが創氏改名を選んだのか、朝鮮社会の身分差別にまで踏み込んで実相を剔抉された鈴木満男・元ソウル大学教授の論考を掲載しています。

 結論から述べれば、朝鮮における創氏は、「全州李氏」などと戸籍に記す血統称号であった「姓」(本貫)はそのままにして、その他に家族の称号として、金なら金田とか金本といった「氏」を創設して併記したもので、それまでの戸籍をなくしたりするものではありませんでした。

 また、創氏は届出制(台湾は許可制)をとったことに現れているように、強制や強要だったとは考えにくいと専門家から指摘されています。

 一方、改名は裁判所の許可を条件としており、その後、役場へけっして安くない手数料を支払って届け出る必要があったことも判明しています。ですから、ますます強制と捉えるのは不自然であり、当時の実態にそぐわないといえます。その点で、「朝鮮民族固有の姓名を日本式氏名にかえさせた」という記述が、「民族の名を奪った」などという批判と同様、当を射ていない、為にするものであることは明らかになったといえます。
検定窟見を封じて吉た「近隣諸国条項」
 では、なぜこのような日本をおとしめる、根拠薄弱なひどい記述が検定に合格してくるのでしょうか。

  南京事件については、「本件に関しては、その関係を巡り種々の議論が存在していることは承知しているが、日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害或いは略奪行為等があったことは否定できない事実であると考えている」という政府見解の存在は見逃せません。

 しかし、教科書の尋常ではない記述を背後で支えているのは、昭和57年11月、教科書誤報事件をきっかけに小・中学校および高校の検定基準に設けられた「近隣諸国条項」にあるといっても過言ではありません。

 「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」

 その成立の経過は省きますが、当時、文部省がその適用のために作成した検定方針案には、「侵略」「南京事件」「土地調査事業」「三・一独立運動」「神社参拝」「日本語使用」「創氏改名」「強制連行」「東南アジアヘの進出」「沖縄戦」などの記述については検定意見を付けない、と明白に謳っています。それが近隣諸国条項にいう「必要な配慮」の中身だったのです。

 中学校教科書の記述には国民の目が光ってくるようになりましたが、高校は野放し状態にあります。それを支えている「近隣諸国条項」の撤廃こそ、私ども歪んだ歴史認識を正そうとする者にとって喫緊の課題といえます。