平成15年11月号(通巻41号)より
リレー随想
ゆとり教育の源
狭山ヶ丘高等学校校長 小川義男

 コロンブスが「新大陸」を発見した当時、南北アメリカには既に八千万の人々が住んでいた。当時のヨーロッパの人口は六千万である。イベリヤ半島の人口は僅か八百万に過ぎなかった。

 スペイン人を中心とする白人たちは、その後数十年の間に、この新大陸人口の85パーセント以上を殺害した。驚くべき暴虐ぶりである。労働力の不足に悩んだ彼らは、今度は、アフリカから多数の奴隷を連行してきた。その数は千万とも二千万とも伝えられる。その事が、今日なおアフリカでの国家建設に残影を投じているというのだから、血が逆流するのを覚える。

 アジア、アフリカにおける「有色人種」への迫害がどれほどひどいものであったか、それは大東亜戦争開戦直前、この地域のほとんどすべてが白人列強の植民地だったことに端的に示されている。当時アジアには、タイと日本しか独立国がなかった。
 
 大東亜戦争が、自存自衛とアジアの解放を目指して戦われた事を否定する向きが今日なお支配的であるが、そのような見解を抱く人々は、当時有色人種のほとんど全部が、植民地支配に喘いでいた事実を何と考えるのであろうか。この戦争に我々は敗れたが、これを境に、世界の植民地のすべてが独立する道筋をたどった。大東亜戦争による日本の抵抗なしに果たしてそれが可能であったか、深く考えるべきだと思うのである。

 私に分からないことがひとつある。有色人種をこれほどまでに迫害し、アジア、アフリカの人間はすべて猿であるかのごとく扱った白人諸国の、ほとんどすべてがキリスト教国だった事である。彼らの説くキリスト教的「愛」は、歴史的に有色人種迫害の片棒を担いだ。どうしてその愛が植民地支配に苦しむ人民に差し伸べられなかったのか、不思議でならないのである。

 「人種差別否定」「民族自決」が当たり前の事のように語られる今日であるが、それをもたらしたものは、果たしてキリスト教的「愛の精神」だったであろうか。大東亜戦争における「アジアの抵抗」なしに、世界が果たして今日の状況に達し得ていたかどうか、深く考えてみなくてはならないと思うのである。

 アメリカによる「教育勧告」は「アジア唯一の危険国家」日本に対する精神的武装解除を目指すものであった。以来60年、アメリカの要求以上にアメリカ的であろうとする精神的奴隷どもの行列は今も尽きる事がない。今はやりの「ゆとり教育」は、どうもこの系列に属するように思えてならないのである。