| 教育の理念と現実の溝を埋めるもの 国と教育現場からの教育改革 |
| 副会長・明星大学教授 高橋史朗 |
哲学者の中村雄二郎はその著『臨床の知とは何か』(岩波新書)の冒頭において、チェーホフの『手帖』の次の一節を引用している。
「ある控えめな男のためにお祝いの会が開かれた。集まった人々は、ちょうどいい機会とばかり、てんでに自慢話をするやら、褒め合いをするやらで時間の経つのを忘れた。食事も終わろうという頃になって人々が気がついてみると||当の主人公を招くのを忘れていた」
これは主人公をそっちのけにして賑わった祝賀会の奇妙さ、理不尽さを描いたものであるが、教科書や教育基本法改正論議にも理念(ここでいう「集まった人々」)と現実(ここでいう「主人公」)の乖離という問題があるように思われる。例えば、学習指導要領の「教材選定の観点」には、「我が国の文化と伝統に対する関心や理解を深め」「日本人としての自覚をもち」と明記されているが、実際の教科書の教材にはほとんど反映されていないのが実態である。また、学習指導要領には「日本人としての自覚をもって国を愛し」と書かれているが、それを実際に生きた言葉で教育するのは教師であるから、教師の意識を改革し教育実践を深めない限り、それが「現実」に生きて働く力とはならない。
だからといって、教科書法を制定したり教育基本法を改正することに意味がないということにはならない。教育基本法という理念をいじっても現実は変わらないと改正反対派は主張するが、このような「国からの教育改革」と教育者の意識改革並びに地道な教育実践の積み上げという「現場からの教育改革」がドッキングすることによって、はじめて今日の教育の危機を乗り越えることができるのである。体質改善という根本療法にあたる「法」の制定や改正が、漢方薬のようにじわりじわりと教育の「現実」を根本的に変える原動力となる。歴史教育を是正するためには、法や制度と教育現場の両方からのアプローチが必要である。 |