平成16年11月号(通巻47号)より
なぜ偏向裁判官が跋扈するのか
理事・弁護士 高池勝彦
 マスコミ、学者、教師の表面的な多数意見は、アメリカ占領軍の洗脳工作によつて、すつかりマインドコントロールされてきた。しかも、その絶対数は減少しつつあるとはいふものの、意見の中身は年々過激、空虚、左翼化してきてゐる。法曹界でも弁護士会などの表面的な意見は同様である。

 法曹界の中で、裁判官は、比較的よく穏健中庸を保持してきてゐた。しかし、世論の傾向が穏健中庸に移りつつあるのに反比例するかのやうに、非常識な、従来は考へられない判決をくだす裁判官が増えてきてゐる。

 その傾向は、いはゆる戦後補償に関する裁判や政教分離に関する裁判で顕著に見られる。

 たとへば、支那事変に至る我が国の日中関係について、「その当時においてすら見るべき大義名分なく、……中国及び中国国民に対する弁解の余地のない帝国主義的、植民地主義的意図に基づく侵略行為にほかならず」、「わが国が真摯に中国国民に対して謝罪すべきである」といつた判決、小泉総理大臣の靖国神社参拝について、「当裁判所は、本件参拝の違憲性を判断することを自らの責務と考えた」などと述べてゐる判決がある。これほど極端でなくても、その数は考へられないほど増えてきてゐる。これはどうしたことであらうか。

  裁判官はあらゆる意味において保守的である。世間の動きにかなり遅れて影響される。これは、少年時代から大学にかけての教育や、司法試験の受験勉強の内容を正しいものとして受けとり、司法試験に合格し裁判官となる。裁判官となると、閉ざされた社会で生活するので、政治意識も世の中の動きにあまり影響されないからである。その段階で教育の効果が徐々にあらはれてくる。今後も偏向判決は増えるであらう。

 これを打破するのはやはり世の中の動きを裁判官に知らせることである。正常な感覚をもつた常識的な中庸な意見、我々の新しい歴史教科書の運動の存在を知らせる必要がある。