平成17年7月号(通巻51号)より
 
リレー随想
戦後六十年の夏に想う
弁護士 稲田 朋美
  戦後六十年の夏が巡ってきた。あの夏、日本は原子爆弾を広島、長崎に投下され、ポツダム宣言を受諾して降伏し、日本軍は武器をおいた。
 
  国際法に違反したのは、人道に反する原爆を投下したアメリカであり、罪のない二十万もの市民を虐殺された日本ではない。
 
  国際法に違反したのは、日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州・樺太・千島を侵略し、二十万もの民間人を殺害したソ連であり、六十万余の将兵をシベリアに強制連行された日本ではない。

  国際法に違反したのは、ポツダム宣言受諾時に戦争犯罪ではなかった「平和に対する罪」を極東国際軍事裁判所条例で創設し、事後法でいわゆるA級戦犯を裁いた連合国であり、大東亜戦争を自存自衛の戦いであると位置づけて戦い、そして敗れた日本およびその指導者ではない。

  日本は戦争に敗けはしたが、国際法に違反したのは連合国側であって日本ではなかった。

  靖國神社には、ペリー来航以来、日本が欧米先進国の脅威にさらされ、近代国家に生まれ変わる激動の時代に国難に殉じた二百四十六万余の英霊がお祀りされている。 大東亜戦争に関しては、いわゆるA級、B級、C級のいわれなき復讐戦犯裁判で処刑された人、特攻隊として散華した青年達、戦死した日本軍将兵などの軍人、指導者だけでなく、集団疎開途中の対馬丸で遭難した小学生、樺太で自決した電話交換手、ひめゆり部隊の女子学生、集団自決した沖縄の島民など、一般人、女性、子供たちもご祭神として祀られている。私たち戦後の日本人が享受している平和で豊かな生活は、これらの人々のかけがえのない一つ一つの命の積み重ねのうえに成り立っている。國神社に祀られた戦後日本の平和の礎となった人々に感謝と追悼の祈りを捧げることは、今の時代に生きる日本人の義務であり、思想を超え、時代を超え、国境を越えた正義である。

 現在、首相の國神社参拝について日中関係や近隣諸国との関係にともなう目先の「国益」の問題、すなわち損得勘定から反対する忘恩の政治家、財界人がいる。しかし國問題は算盤勘定ではない。祖国に殉じた二百四十六万余の命の重みは何物とも天秤にかけることはできないからだ。

 戦後六十年の夏、私たちは、今一度、日本人にとって國とは、「損得」の問題ではなく、国家として、国民としての「道義」の問題であることを再確認しなければならない。

(いなだ ともみ)
昭和34年、福井県生まれ。早稲田大学法学部卒業。昭和60年に弁護士登録(大阪弁護士会所属)。現在、弁護士法人光明会代表。自由主義史観研究会会員、日本「南京」学会李秀英名誉毀損訴訟、大阪靖國補助参加訴訟、「百人斬り」名誉毀損訴訟などを手がける。