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リレー随想 |
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日露戦争の勝利から百年、先人があれ程見事な成果を挙げえたのに対し、四十年後の大東亜戦争ではなぜ拙く敗れたのか。
早大留守晴夫教授の「栗林中将と日本陸軍」と題する講演録は歴史の教訓として印象的であった。アメリカ文学を専門とする教授は古本『硫黄島』への関心に始まって、アメリカ人が栗林中将の指揮官としての見事さを讃えていること、それだけ有能で陸軍きっての知米派であった中将等の意見が遠ざけられたこと、米軍は開戦六年前から上陸作戦の訓練をしていたのに対し、陸軍は昭和十八年迄も対ソ戦教育をしていたことなどから、陸軍に限らず「国家の危機を真剣に考えない文化」が日本の弱点で、「戦後も何も変わっていない」と指摘されている。
国家戦略についてはお茶の水女子大藤原正彦教授の指摘を引用する。「まず日露戦争翌年、米国は対日戦略『オレンジ計画』作成に着手した。その洞察は三十五年後に的中し、そのプラン通り戦われたのに対し、日本は長期戦略も大局観も、それを支える情報も不十分であった。『戦争ばかりしていたユーラシア大陸の国々と異なり、二千年にわたって外国との戦争を殆どしなかった例外的平和国家日本の、無邪気と言えるかも知れない』
冷戦直後の平成二年米国国務長官は『冷戦中の戦勝国は日本であった。冷戦後も戦勝国にさせてはならない』と語った。CIAは二〇〇〇年までに日本を引きずり下ろすプロジェクトを作り、その通りの結果となった。ビッグバン、市場原理、グローバリズム、小さな政府、規制緩和、構造改革、リストラ、ペイオフなどが日本を席巻した。十年以上続く未曾有の不況は、軍事外交での盟友である米国が、冷戦後、経済上では敵となったことに気付かなかった、戦略なき国家の悲劇とも言えよう」
二教授の指摘する文化的弱点、歴史絡みの戦略欠落は本質的、体質的で根治不能、日本の将来は絶望的かに見える。だが百年前の先人たちは世界史的な国家戦略を成功させたではないか。これまた重要な歴史的教訓に充ちている筈である。当時の指導者は、列強のアジア侵略を見て、危機感に加え強い切迫観を持っていたのではないか。例えば福島安正中佐は参謀本部支援の下、日露戦争の十二年も前に単騎シベリヤを横断し情報活動をしている。日本は日英同盟、停戦工作、資金調達、革命工作、など世界にまたがる国家戦略を成功させている。私達は、先人のDNA継承を信じ、まず真剣な学習から出発すべきであろう。
(やまもと たくま)
大正14 年、熊本県生まれ。陸軍航空士官学校卒、東京大学第二工学部卒。昭和24年に富士通信機製造株式会社(現、富士通)入社、同社代表取締役社長、代表取締役取締役会長を経て、平成9年より名誉会長。同年、勲一等瑞宝章、名誉大英勲章受賞。平成17年より偕行社会長) |