骨抜きにされた地理教科書に潜む問題点 地理教科書研究家 西江智彦 |
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地理教科書の何が問題か
筆者は中学、高校で地理教科書を真面目に勉強したため、実は大学に入るまで、台湾は中華人民共和国の一部であると信じて疑わなかった。そのため、大恥をかいた。そこで、隣国に対する無知を克服するために、四年前から台湾に住み、隣国から日本を眺めている。
大学生の頃、「つくる会」の動きに関心を持ち、自身の専攻であった「地理」教科書の内容について研究をはじめた。その結果、平成十四年度から導入された「ゆとり教育」は地理教育を骨抜きにする内容だという結論に至った。
その問題点については、二年前に「正論」(「歴史教科書だけではない!? 誰も語らなかった地理教科書のひどさ」平成十五年五月号)でレポートしたが、来春から使用される検定済み地理教科書も同様の問題を引きずっているので、改めて地理教科書の何が問題かを指摘してみたい。
「ゆとり教育」による知識軽視
「歴史教科書は地理教科書に比べて「ゆとり教育」の影響をあまり受けずに済んだ。なぜなら、原始時代から現代まで、一通りの日本の歴史が網羅されているからである。例えばA社は奈良、江戸、昭和、B社は平安、室町、明治などと、時代を勝手に選別し、教科書会社によって扱う時代が異なることはない。
ところが、地理教科書は「ゆとり教育」のせいで、世界地誌の分野が世界を網羅しなくなってしまった。
例えば、平成十三年の帝国書院は、韓国、北朝鮮、中国、台湾、タイ、シンガポール、フィリピン、マレーシア、インドネシア、アメリカ、イギリス、フランス、スペイン、イタリア、ベルギー、ドイツ、ギリシャ、コートジボアール、ガーナ、ナイジェリア、オーストラリア、サウジアラビア、ブラジル、ロシアについて、国ごとの記述があり、世界各国の事情を大まかに知ることができた。
これは、学習指導要領にあった「世界の諸地域における人々の生活とその変化の様子を自然及び社会的条件と関連付けて大観させ、世界の人々の生活や環境の多様性に着目させる」(内容(1)(イ)「人々の生活と環境」平成元年三月)という記述に基づいていたからだ。
しかし、「ゆとり教育」の方針で学習指導要領が「国の地域的特色そのものの共有化を重視すると、全体としては『二つ又は三つ』の枠を超えてしまうだけでなく、ややもすると知識を詰め込む学習を促し、生徒の学習負担を増大させることになりかねない」(『学習指導要領(平成十年十二月)解説』)として、本当に「二つ又は三つ」だけを残し、他の国の記述を全部消してしまったのである。
シェア率が高い帝国書院(以下、平成十七年度検定済み)は中国、アメリカ、ドイツを取り上げ、それ以外の教科書は、次のようになっている(以下、カッコ内は課題学習として取り上げている国)。
・東京書籍:アメリカ、中国、フランス(オーストラリア・ガーナ)
・日本書籍新社:中国、イギリス、アメリカ
・大阪書籍:アメリカ、中国、イタリア(オーストラリア、南アフリカ)
・教育出版:アメリカ、中国、オランダ、(サウジアラビア、オーストラリア、ブラジル)
・日本文教出版:オランダ、タイ、アメリカ、(韓国、ブラジル)
平成十四年度では全社三ヶ国のみだったが、平成十七年度検定済みの教科書は「ゆとり教育」の見直しで、一部の社で二〜三ヶ国付け足されている。しかし、いったん「ゆとり教育」で骨抜きにされたものが、見直されたからといって元に戻るわけではないことは、平成十三年度までの教科書と比べると一目瞭然である。
このように教科書会社によって扱う国が違うが、生徒は一社の教科書しか使わない。そうすると、得られる知識にバラつきが出るので、こんなことでは入試問題さえまともに作れず、日本にとって重要な隣国の記述も、中国以外はほとんど無視されているのである。
日本地誌についても同様だ。これまで九州、中国、関西、東海、北陸、関東、東北、北海道のように地方ごとに広く学習できたものが、「ゆとり教育」によって「二つ又は三つ」の都道府県に限定されてしまっている。残りは「世界から見た日本」で分野ごとに事例として出てくるが、先に地方ごとの知識がないと、空間的イメージが湧かないし、複合的要因が分からなくなるのである。
学習指導要領がその目標で示すように「地理的な見方や考え方の基礎を培」わせようとするなら、バランスをもう少し考えるべきで、「ゆとり教育」以前の教科書のように、まず地理学の基礎知識、次に日本国内、そして世界という順番に戻すべきで、「世界から見た日本」の事例は、コラムのように散りばめれば十分なのだ。
インチキ資料で「調べさせる学習」の罠
さらに、「ゆとり教育」の方針で、平成十四年度からは暗記偏重をやめ「調べさせる学習」に重点が置かれるようになった。その結果、教科書の記述はどう変わったか。
「百科事典で、中国と日本の関係を調べてみた。/それによると、日本は、明治になって台湾を植民地とし、一九三一年から第二次世界大戦が終わるまで、中国に軍隊をおくり、侵略していたことがわかった」(日本書籍新社・106頁)
このように「〜がわかった」調の記述が登場し、「侵略していたことがわかった」と政治的な結論を誘導したりしている。また、日本書籍新社には「中国のまわりには、どんな国があるか、地図帳で調べてみよう」(27頁)とあるが、果たしてその調べる地図帳は正確なのだろうか。
地図帳は帝国書院と東京書籍から発行されているが、いずれも中国の隣国である台湾(中華民国)が中国の一部として表記されている。しかも統計では、中華人民共和国の面積は九六〇万平方キロとなっていて、この中に、三・六万平方キロの台湾の面積も含まれてしまっている。
教科書では特に中国と台湾に関して間違いが多い。
例えば、日本文教出版の「地図でみる世界 大きな生活格差」の「国別の一人あたり国民所得」では台湾が中国と同じ「一〇〇〇ドル以下の国」に分類されている。台湾は韓国と同じ「五〇〇〇〜二〇〇〇〇ドルの国」であるにもかかわらず、中国の一部というフィクションのために正確な数字が統計に反映されていないのである。
日本書籍新社の「同じ漢字でも国によってこんなにちがう」(108頁)というコラムでは、「現在、中国で使われている字体は『簡体字』といわれていますが……しかし、台湾では従来から用いられてきた『繁体字』といわれる字体が用いられており」と、中国の漢字の字体の違いに触れている。ところが、写真資料「中国の小学生用の地図帳の一部(下)」をよく見ると、漢字が中国の簡体字ではなく繁体字で、さらに中国と台湾が色分けされて台湾が独立国として表記されている。これは、香港の教科書だ。台湾ならば台湾を「中華民国」と表記するし、香港は簡体字の中国語(北京語)ではなく広東語読みの繁体字を用いているからだ。
大阪書籍には「中国の人口の九〇%以上は漢民族ですが、このほか、西部や華南を中心に五十をこえる少数民族が住んでいます」(126頁)とあり、横の写真で「少数民族の住居(フーチエン(福建)省)」という説明がついている。しかし、これは中国では少数民族ではない「漢民族の一部」とされる客家人の円楼である。台湾では、ホーロー人、客家人、外省人、台湾原住民という分け方をし、中国では客家方言を話す漢民族として分類しているのである。
日本書籍新社は「中国の民族構成と民族の分布」(101頁)という図で、台湾も含めて中国と同じ漢民族としている。しかし、台湾人の血統はマレー系先住民の血を引いている。言語は台湾語(ホーロー語)、客家語、台湾原住民諸語が台湾人の母語であり、中国語は、一九四五年以降の中華民国政府が台湾で強制的に広めた言語だ。そんな背景を無視して「漢民族」というのは、中国がそう分類したとしても日本はそれに追随すべきではない。現実に中国でも、香港やマカオは中国語より広東語が優先する社会であるし、広東省では広東語・潮州語・客家語などを話すエスニックグループに分かれる。地理教科書なのだから、なぜ台湾や華南が多民族・多言語なのかこそ触れて欲しいのである。
尖閣問題は日中問題ではない
日本の地図帳は、もちろん尖閣諸島を日本領と表記している。それはよいのだが、尖閣諸島を日本と中国の領有権問題と勘違いしている日本人が実に多い。実際は日中問題ではなく、日台問題に限定されるべきものだ。原因の一つは、地図で台湾を中国領と表記していることにある。
尖閣諸島(台湾・中華民国側の呼称は釣魚台)は、日本は沖縄県石垣市の一部としているが、台湾側は宜蘭県の一部と主張している。中国側は「台湾は中国の一部だから尖閣諸島も中国の一部」という理屈になる。つまり、日本が台湾の存在を無視したせいで、尖閣諸島が日中問題に発展してしまったのだ。日本が台湾は中国の領土ではないという現実をありのまま教科書で表記すれば、中国の主張がいかに不当な理屈かがわかるのである。
地理は国民の国際感覚を養う重要な科目である。しっかりした教科書が学校で使用されることを望みたい。 |