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リレー随想 |
| 執念の映画「I am 日本人」 |
| 俳優・元国会議員 森田 健作 |
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私は、参院議員と衆院議員時代に文部政務次官を二回つとめました。二度目の政務次官は平成十年(一九九八年)の小渕内閣の時でしたが、「いじめ」が原因だと思われる児童・生徒の自殺が後を絶たず社会問題化しました。
このとき私は、学校教育はどうあるべきか、家庭での躾はどうあるべきなのかを自分なりに考えました。そこで、学校教育の一つの方向性として、小・中学校での国旗の掲揚と国歌の斉唱を訴えはじめました。それから七年。現在ではほぼ一〇〇%の小・中学校が国旗を掲揚し、国歌を斉唱するようになりました。学校教育、特に義務教育の小・中学校の教育を考えた場合、国旗掲揚と国歌斉唱は基本的なことで、どういった理由があるにせよ、日本人として当然の行為だと私は思っています。
今年は戦後六十年という節目の年にあたります。戦後の日本を振り返ったとき、生活は豊かになり、何不自由なく暮らすことのできる経済大国日本へと発展してきました。これは日本人一人ひとりの努力があってこそだと思います。しかし、その一方でわれわれ日本人は「日本人としての心」をどこかに置き忘れてきてしまったような気がしてなりません。実はこういったことも、学校教育の問題なのです。
しかし、教育というのは理屈だけではありません。お役所的な分厚い指導要領では対処できないのです。それには、やはり目と耳を通して考えさせることが大事です。そこで、映画を制作し、映像で訴えることに思い至りました。
本来なら政務次官在任中に映画を作りたかったのですが、企画段階で終わってしまい、それだけが心残りでもありました。そこで、その後も諦めずに訴え続けていると、私の考えを理解して下さる人が次々に現れ、ようやく実現することになりました。それが、今、制作中の映画「I
am 日本人」です。
私はこの映画の中で、日本人の誇り、さらには失われつつある日本人としてのアイデンティティを再確認し、日本人の武士道をもう一度取り戻そうと思い、制作に取り組んでいます。
かつて渡米したとき、入国審査でパスポートを出すと、審査官が小声で「ああ、ジャップか」と言ったのが聞こえました。私はその時、「ふざけるな! 俺は胸を張れる日本を必ず作ってやる!」と、熱いものが込み上げてきました。十八歳の時のことでした。「I
am 日本人」は、私の執念の映画です。
(もりた けんさく)
昭和24年、東京都生まれ。同53年、明治学院大学中退。昭和44年、松竹映画「夕月」でデビュー。同46年、日本テレビ「おれは男だ!」がヒット。平成4年、参院議員初当選。その後、平成10年から15年まで衆院議員。平成15年、麗澤大学客員教授。著書に『家庭力』など。 |