平成18年5月号(通巻56号)より
まだまだおかしい 公民教科書
戦後補償・外国人参政権・原水禁世界大会についてのあきれた記述
熊本県中学校教諭 諸熊 弘毅
戦後補償問題を原告側に立って記述

  昨年度、私は中三公民の授業を担当しました。教科書は扶桑社ではなく教育出版でしたが、授業を進める中で、「こんな偏った内容を教えていいのか」「事実に反するのでは」「これでは某政党のパンフレットではないか」とたびたび感じ、悩みました。

  本年度も、教育委員会は教育出版を採択しました。読んでみると、昨年度悩みの種だった記述は僅かながら改善されていました。昨年までの偏向ぶりを確認すると共に、「つくる会」が、各社に良い影響を与えていたことも分かりました。もちろん、改善が見られない点もまだまだ残っています。本稿では、教育出版、その他の教科書の改善点と、まだまだおかしい点を、授業の様子を交えながら紹介します。

  昨年度の教育出版で一番困惑したのは小単元「平和を実現するために」の次の記述でした。

  〈なによりもまず、かつて日本がアジアの諸国を戦争にまきこみ、アジアの諸国民に大きな被害をもたらしたことを深く反省する必要がある。日本政府は国家間の賠償問題はすでに解決したという立場をとっているが、こうした被害をこうむった人々からは、政府に補償を求める訴訟が起こされている。戦後補償問題の解決は、戦時中の加害者としての反省に立って誠実に行うことが求められている。〉
 
  政府の立場を一応紹介していますが、この記述を生徒たちに読ませた後、「筆者は戦後補償問題にについてどうすべきと考えているでしょうか」と聞くと、ほとんどの生徒が「補償金を支払うべき」と答えました。裁判で係争中の問題を、政府主張の論拠を紹介せず、中学生を一方的に原告側主張に誘導する記述は、とても教科書とは言えない、アジビラ程度のものと感じました。

  やむなく、私は、政府が「戦後補償問題は解決済み」とする根拠である、サンフランシスコ講和条約、日ソ共同宣言、日韓請求権・経済協力協定、日中共同声明の四条約を紹介しました。さらに、戦後補償をめぐる八つの訴訟の判決を紹介しました。その後、生徒に次の四つの選択肢を示してどれに賛成するか問いました。

ア 請求全額を支払う 
イ 確認できた分だけ支払う
ウ 判決に従って支払う
エ 条約を守って支払わない

  生徒の判断は、分かれました。裁判で係争中の問題をあえて生徒たちに教えるのであれば、これくらいの公平な情報提供は当然だと思います。

  さて、十八年度版では「戦後報償問題の解決は……」以下の一文が削除され、判断は中学生にゆだねる記述に変わっていました。なぜ削除されたかは分かりませんが、「つくる会」の影響もあったのではないでしょうか。

  しかし、戦後補償問題を記述している教科書は、他には日本文教出版のみで他社は掲載していません。この問題についての教育出版の突出ぶりは今回も顕著でした。

外国人参政権問題でも違憲論に誘導

  二点目は、外国人参政権問題についての記述でした。昨年度版教育出版は次の通りです。

  〈近年、日本に住んでいる外国人の選挙権や公務員になる権利などが問題となっているが、いまだ実現されていない。特に、地方選挙権が認められていないことについては違憲ではないかとする訴訟がしばしば起こされている。こうした外国人定住者に対する差別や偏見をなくすことは、今後に残された課題である。〉

  この記述を読ませた後、生徒に「選挙権が認められていない」のは、次のどちらかを選んでもらいました。

ア 差別・違憲
イ 当然・差別ではない

  結果は八割が「ア 差別・違憲」でした。これも裁判で係争中の事案について、論拠も示さず、違憲とする立場に誘導して自分の意見を中学生に押しつける記述です。

  そこで、私は、次の四点を生徒に知らせました。

@平成七年最高裁判決文「憲法九三条にある『住民』とは『日本国民』であり、外国人に対して、選挙権を保障したものということはできない」
A在日韓国・朝鮮人も、選挙権を要求している民団と反対する朝鮮総連とに意見が分かれている。
B徴用は一九四四年から四五年にかけての二年間で、それ以前は自由募集、斡旋による渡航であった。
C戦後、帰国を希望した百五十万人は帰国を果たし、残りの五十万人のほとんどが自らの意志でとどまった。

  最後にもう一度生徒たちに同じ質問をしたところ、形勢はほぼ逆転しました。この結果を見て、私は常識的な公平な授業ができたことに安堵感を覚えると同時に、裁判で係争中の事案を、十分な情報も与えずに、中学生に押しつけようとする執筆者の傲慢な姿勢に憤りを覚えました。

  さて、十八年度版からは「こうした」という指示語が削除され、選挙権の制限=差別という露骨な表現は消えましたが、筆者が「制限は差別」と見なしていることは中学生でも十分に読みとれる記述でした。

  定住外国人参政権問題についての記述は、扶桑社を除く六社とも、教育出版とほぼ同様のもので、帝国書院は「日本国憲法が認める人権を外国人にも保障するよう、制度を整備することが急務です」とまで断定しています。

  一方、扶桑社は「選挙権や公務員になる権利は、現在、人権尊重の立場から制約撤廃が主張され、一部に制約が解かれているものの、国家の意思を形成するという主権に関わる権利であるため、外国籍の人には保障されないという意見もあり、議論が続いている」と公平性に配慮した記述がなされています。さらに、課題学習「社説の研究」のページで、賛成反対の社説を同等に掲載し、生徒たちに考えさせる構成になっています。

  現在議論されている問題を、両者の意見を公平に紹介し、生徒たちに十分に考えさせる編集は、教師として安心して利用でき、教育効果も期待できます。

原水禁世界大会参加は日本の役割か

  三点目は、原水爆禁止世界大会と日本の役割についての記述です。十八年度版の教育出版は小単元「日本と世界の平和」の「日本の役割」という小見出しで次のように記述しています。

  〈毎年日本で、世界各国の代表が参加する原水爆禁止世界大会が開かれ、核兵器実験の廃絶と核兵器の完全禁止を訴えていることも、大切な意味をもっています。〉

  これですと、世界平和実現のための「日本の役割」は、「原水禁世界大会の開催」と読みとれます。昨年度版もほぼ同じ記述でしたが、この大会が反米左翼勢力による偏向した内容になっている点は周知の事実です。そこで私は、生徒たちに「二〇〇三年は核兵器開発について世界中が心配した年でしたが、原水禁大会決議にとりあげられたのは次のうちどれだと思いますか」と尋ねてみました。

ア アメリカのイラク攻撃反対 
イ 北朝鮮の核開発反対
ウ イランの核開発反対
エ パキスタンの核実験反対

  生徒たちの多くは、反核という視点から、イ、ウ、エを選びましたが、決議文ではアだけが取り上げられて、イ、ウ、エについては一言も触れられていません。核開発を防ぐ目的のイラク攻撃には強硬な反対意見を述べ、核開発を試みようとする国々への批判は一言もありませんでした。この事実から、私は、「原水爆禁止世界大会の本来の意義は大きいと思うが、現在の反米に偏向した大会運営にはついては十分考える必要がある」と補足しました。

  他社の記述は、日本書籍新社の「核廃絶を求め、被爆者の援護を要求する国際大会が開かれている」が一番詳しい方で、帝国書院は「平和祈念式典」を紹介し、その他は年表に第一回大会を掲載するだけでした。教育出版の力の入れようは、目立っています。

  二〇〇四年からは、大会決議で北朝鮮とパキスタンの核開発について申し訳程度に言及するようになりましたが、昨年の大会決議には次のような一文が含まれていました。

  〈歴史を歪曲する「つくる会」教科書や、さらに憲法・教育基本法の改悪は、「いつかきた道」を歩み、戦争のできる国づくりをめざしていると言えます。憲法前文および九条を改悪させない広範な国民運動や平和教育の再構築をしていかなければなりません。〉

  果たして教科書が、このような決議をする大会の開催や参加を、我が国の役割と教えていいものでしょうか。

  以上、三点の問題記述を紹介しましたが、このような無責任な教科書を、税金によって生徒に配給し、公務員である教師が教壇で教えることは許されることなのでしょうか。
現場の教師は、公平公正な授業を目指し教材研究を行っていくでしょうが、生徒や教師にとって「教科書に書いてある」ということは「真実」を意味します。教科書会社、検定審議会・調査官、教育委員の皆さんには、責任ある取り組みをお願いしたいものです。