評論家の立花隆氏が月刊「現代」十月号に「安倍晋三への宣戦布告」という刺激的な文章を書いた。
言わんとするところは、戦後日本の最も基本的枠組みをなす法律を変えようとしている安倍は岸信介のDNAを受け継いでいるが、立花は「戦争を放棄する憲法を持つ世界唯一の国家である日本に課せられた世界的使命は、世界全体に戦争を放棄させるような国際秩序を建設することにある」と説いた南原繁元東大総長のDNAを受け継ぐとし、両陣営の本格的な対決の時代が到来しようとしていると述べた。
「新しい歴史教科書をつくる会」をはじめとする、戦後の「異常」を「正常化」しようとする人々に挑戦状を突きつけたと言ってよかろう。
立花の威勢のいい啖呵は結構だが、自らが設定している小さな部屋の中に、バカでかいメガホンを持ち込んでがなり立てている奇妙な印象を受ける。日本が戦争に突入した理由は、軍部の暴走、天皇を現人神とし、天照大神の血を万世一系で受け継ぐ思想、それを鼓吹する平泉澄教授の考え方などがあった 等々、立花の敵はすべて日本に存在する。
満州事変は何故起きたか。歴史には因果がある。日本の軍部の暴走はあったろうが、しからば何故軍部は暴走したのか、は詰めようとしない。当時の世界の良識であるリットン報告書を読んだことがあるか。関東軍が立ち上がらざるを得ないところに追いつめた勢力もいたのだ。最近は、コミンテル関係の文書が出ているので、これからも歴史の影の部分が明るみに出よう。日本外交の未熟さはあったにせよ、米国がどれだけ質の悪い仕掛けをつかって日本を挑発してきたかは半ば公知の事実ではないか。先の戦争のうち日ソに関するかぎり日本に何の罪があるのか。日ソ中立条約を犯し、六十万人の関東軍をシベリアその他に拉致し、六万人を飢えと寒さと重労働で殺し、在満、在南樺太の邦人、とくに婦女子にいかなる罪状をソ連が働いたか。それも日本軍と天皇と平泉澄が悪かったからだ、と立花は言いたいのか。
一九四六年二月十一日、戦後初の紀元節の日に南原は東大の安田講堂で日の丸を掲げて紀元節を挙行し、日本という古い国が敗戦によって新しい国に生れ変り、神話伝説に基いた紀元節の時代に終りを告げる新紀元元年を宣言した、と立花は感慨をもって書いている。
しからば、立花に質問する。その四ヵ月後の六月二十六日の衆議院本会議で、南原は憲法九条の戦争放棄規定に反対し、「理想高ければ高いだけ、それだけ現実の状態を認識することが必要でございます。
そうでなければこれは単なる空想に終わるでございましょう」と吉田茂首相に迫った。南原は自衛権もない最小限度の兵備もない日本国憲法は現実に沿わぬと吉田を叱ったのではなかったか。
今年八月十五日に南原のDNAを持つ人々が安田講堂を満たし、キャンセル待ちは千人を超したという。当方に戦いの備えは十分にできているのか。心配なのはそれだ。