中国は、実際には総理の靖国神社参拝を、深刻に考えていないと思う。
今も我が国内部に、参拝に反対する勢力が、かなり有力に存在している。その中に自民党元副総裁まで含まれているのだから情けない。中国は、これを奇貨として利用してはいるが、現職総理が靖国に参拝したからと言って、中国の国益が害されるものではない。
「会わないぞ」と突き放すだけで、総理の「参拝予定日」が変更されたり、参拝そのものが「秘匿」されたりする。元手をかけずに、近隣大国の政治を揺さぶることができるのだから、これを利用しない手はない。中国の為政者は、陰で日本人の人の良さを嘲笑しているのではあるまいか。
おそらく今回の「日中和解」の最大の手土産は、村山談話、河野談話の追認だったのではないかと思われる。存在しない「従軍慰安婦」を安倍総理は、一定の留保を付しながらも追認した。また村山談話の追認は、我が国に押しつけられている誤った歴史観を、そのまま肯定することを意味する。少なくとも万単位の殺害はなかった。にもかかわらず、中国は「南京の三十万人虐殺」を主張する。黙過すれば、これは三百万人にも「拡大」されることであろう。
「百人斬り」に至っては、全くの事実無根である。日支事変発生の原因についても、まだまだ探求せねばならぬ部分が多い。
これら、「事実無根の歴史」の虚偽性を明るみに出し、中国を極度の困惑に追い込んだものこそ「新しい歴史教科書をつくる会」にほかならなかった。ために我が国の国論も大きく動いた。しかし現在も中国の「抗日記念館」は、「一層の充実」を目指し拡大ラッシュ中であると聞く。その妨げとなる「つくる会」は、中国にとり我慢のならぬ存在なのであろう。
現在「つくる会」に加えられている陰湿な攻撃は、その相当の部分が「外国謀略組織」による計画的、系統的戦略戦術に基づいて展開されているものと思われる。その破壊活動には、想像を絶する経費が支出されていることであろう。
かって周恩来総理は、「平和のための経費は、戦争のための経費より遙かに効率的である」と語ったことがある。勿論それは、「平和の重要性」を強調する文脈で語られたのだが、当時私はこれを、「革命の輸出」と受け止めた。
「外国謀略組織」の工作は、必ず分裂策動として現れる。我々はこれに対し、仔羊のように無防備、無思慮だったのではあるまいか。本来の味方を敵と勘違いして罵り合いを繰り返す等の愚は、その最たるものと言わねばならぬ。
「つくる会」創立以来最大の危機とも言うべき今日、我々に求められているのは、虚心に、これまでの歴史を振り返り、謙虚に総括を深めることではないだろうか。