目障りなことは、「靖国」、「尖閣」、「歴史教科書」、「台湾」。これは、私の教える大学院での演習で、ある中国人留学生が「日中関係」についてレポートしたものである。この出所は、反日的なサイトであろう。「歴史教科書」というのは勿論「つくる会」のことで、彼はそのことを縷々説明した。「つくる会」の存在感は彼らにとって極めて大きい。日本の恐るべき団体、脅威と映っているようだ。
私は、「靖国」については、外国からいわれて政策を変更するのは独立国ではなく、君たちも嫌だろうというと、首肯する学生が多かった。教科書については、日本は自由な国だから政府が万能ではない。国定教科書をつくるのでなく、教科書を選択できるのだと内容以前の国の在り方をまず話す。学部生には、「つくる会」の東京裁判についてのDVDを見せたり、市販本のさわりを輪読させている。私流の小さな思想戦と思っている。
因みに、私の受け持つ安全保障研究という科目では、受講生の大半が中国人留学生である。学部生と違い、大学院生は、日本語学校、学部、大学院と在日期間が長く、日本大好き、善くも悪しくも国には帰りたくないという学生がほとんどだ。
ところで、日本の流れは、おかしくなった。改憲へ向けた国民投票法の制定、安倍総理の「戦後レジームからの脱却」、教育基本法改正、防衛省新設など、左翼が追い詰められ、いわゆる"保守〃派が優勢に見られていたが、潮目が変わった。
参議院選挙の結果と「ねじれ国会」の出現、安倍総理の「曖昧路線」の行き詰まりと突然の辞任、挙句の果ては自民党の古い政治体質への雪崩的な回帰と親中派の台頭など、左翼が喜ぶ情勢が生まれつつある。小沢民主党も「普通の国」へという原理を捨て政権奪取のみである。十年逆戻り。ここが踏ん張りどころである。
冷戦後、左翼陣営は後退に次ぐ後退で"保守派"は論壇でも圧倒的な存在感となった。かつては、左翼に圧倒され、わずかに雑誌『白由』などが孤塁を守った。それが、大きく変化。そして"保守"論壇での論争というより、ウェブ上を含めた叩きあいが始まった。果ては"敵だ"から人格攻撃までである。ウェブ上の無責任さも加わって、全く見苦しい。その行き着く先は、らっきょの皮むきで、実が細るばかりである。これで喜ぶのは誰か。息を吹き返すのは誰か。"敵"を見間違ってはならないと思う。
政治やマスコミ論調の大きな揺り戻し、この試練に耐えてこそ「つくる会」運動も筋金入りになるのではないか。先の「つくる会」の総会では白熱の論議を踏まえて新しい団結力を見た。新出版社に伝統のある自由社も決定した。日本再生の先陣を切る「つくる会」の使命は余りにも大きい。