昭和十五年は「金鶏輝く日本の」で始まる奉祝国民歌の「紀元二千六百年」の年であり、名機零戦の零は二千六百の末尾の数字だと皆知っている。だがその場合、神武天皇のご即位は釈迦や孔子より前となってしまうのであった。
八木荘司著の『古代からの伝言』はかつて産経新聞に連載されていた歴史小説で、平成十九年からは角川文庫から七分冊(日本建国、民族の雄飛、悠久の大和、日出づる国、水漬くかばね、壬申の乱、わが国家成る)として出版されている。
卑弥呼、邪馬台国、神武東征、継体天皇、蘇我氏、陪唐の覇権、聖徳太子、大化の改新、壬申の乱、藤原不比等まで実に生き生きと古代日本人の活躍を描いている。
その第一巻の中で、奴国王が後漢の光武帝から 金印を贈られた年代や、後漢書に書かれた「桓・霊の間、倭国が大いに乱れた」との記述、第十代の崇神天皇崩御の年は西暦三一八年、仁徳天皇崩
御の年は西暦四二七年などから、神武天皇ご即位の辛酉の年とは西暦一八一年であると結論付けて
いる。
すると、西暦二〇〇八年である今年平成二十年は皇紀一八二八年に当たることになる。神武天皇
ご即位一八一年の妥当性の検証は、本書とやはり八木さんの『古代天皇はなぜ殺されたのか』に詳
しい。
いまや皇紀が二六六八年から一八二八年に減じたことを残念がる人もいないだろう。皇紀一八二
八年は歴史研究に基づいた確実で立派な年数であり、天皇を戴いて日本が存続してきたことをあら
ためて私は誇りに思う。
さらに『三国志』の魏志倭人伝に書かれている狗奴国は熊野を経由して来た神武天皇が造られた熊野国のことであり、卑弥呼の邪馬台国と西暦二四五年までは大和平野の南北に並立していたという。これまた素晴らしい発見である。
実を申せば、私は「騎馬民族征服王朝説」、「広開土王は仁徳天皇説」、「聖徳太子の正体×× 説」、万葉集に関わるトンデモ本等の朝鮮民族優越主義あるいは「征服された日本民族説」に洗脳されかけていた。
この八木氏の著作はこれらの妄想を払いのけてくれた。しかも、古代の日本民族に対する誇りを取り戻してくれた。そこには偏狭な皇国史観はなく、日本と密接に関わり合っていた古代朝鮮の高句麗、百済、新羅、任那の興亡と、彼らの超大国隋や唐への恐怖やしたたかな抵抗も描かれている。そして、近畿地方に広く残る多くの巨大な天皇陵に見るごとく、当時の日本がいかに強大な国であり、まさに「日出る国」であったかということがよく理解できる。ぜひ若い人に読んでいただきたい。