「昭和維新運動」という座史的事実をどう解釈し、どのように位置づけたらいいのか。現在只今の世界的金融危機に直面して、われわれはいやおうなく一九二九年(昭和四年)に起こった金融恐慌とそれに対処した先達たちの苦闘を想像せざるをえないし、その延長線上に起こった「昭和維新運動」を再考せねばならなくなったのである。
一九二九年十月二十四日にニューヨーク株式の大暴落によって起こった世界大恐慌は、アングロサクソン的市場原理主義の大崩壊にほかならなかった。別の言葉でいえばグローバリズムの挫折であり、終焉でもあった。そして当時の先進諸国は、それぞれの立場でナショナル・エコノミー(国民経済)の再建に取り組んだのである。国柄にあった経済システムの探求が始まったのだ。
わが国に限定していえば、大正時代は日英同盟のよしみもあってアングロサクソン型経済に邁進した。投機的経済の隆盛によって米価が急騰し、米騒動が全国に波及した。そして所得格差が極大化し、それが国民の感受性の許容範囲をはるかに超えるものとなった。
そのような時代背景があって起こった「昭和維新運動」はまずもってアングロサクソン型経済システムからの離脱であり、その上で国柄にふさわしい政治経済社会システムを構築せんとするものであった。明治維新以来ひたすらに欧米の後を追ってきたのであるが、昭和にはいって、世界大恐慌を経験してはじめて独自の道を歩むことを決意したということである。その意味で戦前昭和の維新期には、国民がこぞって主体的に思索し、能動的に生きようと決意した時代だったのであり、近代日本の例外的一時期だったとさえいえる。この時期に比べれば、大正時代は軽薄なる欧化の季節であり、戦後の六十余年はひたすらなる米化の季節ということになる。
ところがである。現在進行中の世界的金融危機のさなかにあって、戦後のアングロサクソン・システムの破綻を直感する世界各国の指導者たちは、すでにひそかにナショナル・エコノミー時代の到来を予感し、その準備にとりかかっている、と思われる。特にヨーロッパ諸国のリーダーたちにおいて、アングロサクソン・システムに対する懐疑は根深い。
われわれはいま間違いなく「昭和維新運動」とは何だったかを問い直すべき秋を迎えている。グローバルな市場原理主義というものが国民国家の理想と、いかに異質なものであったかはもう明々白々のことである。近代の国民国家の理想はいかにして国内に安定した中間階級を形成するかにあったことを思い出すべきである。その理想を回復するためにも、われわれはいま「平成維新」というものを構想せねばならないのである。