第1回つくる会シンポジウム
設立記念シンポジウム「自虐史観」を超えて
感動と話題を呼んだ「新しい歴史教科書をつくる会」設立記念シンポジウム
開催日: 平成9年3月31日
司会: 藤岡信勝
基調報告: 西尾幹二
パネリスト: 井尻千男・小林よしのり
濤川栄太・呉智英
総合司会: 大月隆寛
テレビの観客の自由を楽しみすぎた日本人が、自分で将棋の駒を握るときがやってきた
西尾幹二
 日本は戦後五十年、テレビの観客として他人の将棋のさし手をあれこれ批評する、そういう自由をあまりにも楽しみすぎたのではないでしょうか。自分がさすときには、またヘマを繰り返さないともかぎらないのです。そして実はその瞬間が徐々に近づいているのかもしれません。

 日本人は戦後五十年、世界の舞台からおりた観客の自由を楽しみすぎたと思います。そしてその自由が、実はとてつもない不自由になってしまっていることに気がつかなくなっているんです。
 
 私たちは岡目八目を許されない厳しさに迫られているといま考えております。たとえば尖閣列島間題でアメリカのモンデール大使が「日米安保条約の規定の外」と発言しました。これは由々しきことです。

 すなわち尖閣列島という日中が永遠に反門し、けんかするタネをここに置いておくということです。アメリカは介入しません。なぜならば尖閣列島で日本と中国が争うかぎり、アメリカは有利だからです。

 同じことを千島列島でやられているんです。千島列島で日ソが必ず敵対し、憎しみ合うということを予想して、アメリカは40年代に早くも講和条約において千島列島の帰属をはっきりさせない決断をしております。

 そういう真剣勝負の時代が迫ってきたのです。みなさん、批評の時代は終わりました。自分で将棋の駒を握る時が来たのです。
歴史解釈は人間の自由あるいは思想信条の自由の根幹である
井尻千男
 なぜ四月二十八日を忘却しているのか。占領が終わって日本が主権国家に回復した日をどうして忘れたのか。なぜ記念しなかったのか。これは戦後日本史の謎の一つです。

 被占領下の七年間に何があったのかを考えましょう、というのが私の一番申し上げたいことです。

 さて人間の自由を考えますときに、歴史解釈というものは、人間の自由に深くつながっているんです。自分たちが自分の歴史に関してあれこれ迷ったり、解釈したりすることの中に、異国の政治が介入してくるときのなんともいえない不快感。これはわれわれの自由が侵されているという意識なのです。

 もちろん歴史を反省するのは、個人それぞれの思いがあるでしょう。しかし特定の歴史解釈を押しつけられることに対する抵抗感、これは、みなさんの心のなかにもある。歴史解釈は、人間の自由あるいは思想信条の自由の根幹である、という思いを、近年ますます深くしています。

 ならば、歴史解釈と教育をどうつなげるか。ここで私は科学としての歴史学、徹底的に細部を実証する歴史学と、歴史教育は違うものだと考えています。すでに多くの方がいっておられるように、初中教育における歴史は物語であってほしい。物語というのは空想的という意味じゃありません。歴史の中の最良のものをどう次の世代に引き継ぐかという歴史の伝承の問題ですから、真善美にあいわたる日本の歴史のまず最良のものから教えていく。
自分の負の歴史を掘り起こすばかりで、 何になる?!
小林よしのり
 「小林よしのりさん、あなたの誇りは何ですか」と聞かれたら、「それは二十年間しっかりプロの一線で僕が漫画を描いてきたことである」と答えますよ。そういうところから話し始めるのが当たり前でしょう。

 それが、なんだか「中学の修学旅行のときに女風呂をのぞいたことがあります。それをこうやって堂々といえることか私の誇りであります」とか、そんな感じでしょ。そんなこというやつは、わし、信用しない。

 反省すればとにかく誇りになるとか、自分の負の歴史を掘り起こして、そんなことばっかりやってきてるわけでしょ。今朝の朝日新聞、狂ったんじゃないかと思うな。どういう感覚でやっているんだろうと思ってしまう。
困難のなかで、どれだけ自己主張するかが外交であり、歴史認識のむつかり合いじゃないか?!
濤川栄太
 最近、お隣の韓国に対して歴史認識のぶつかり合いで嫌韓感情が出てきた。私は韓国を批判するばかりではいけないと思う。日本人が国家意識をなくし、国家なんてものを考えていませんよという全くの弱腰で、世界の非常識を演じることが善隣の外交になるという、虚飾で生きてきた。

 韓国は、自分たちが政治的に力を持ちたい、日本なんかなにするものぞって来ますよ。その感情と、彼らの歴史認識が日本人とぶつかる。葛藤する。緊張感を持つ。その困難のなかでどれだけ背中を合わせていけるのか。自己主張するのか。それが外交であり、歴史認識のぶつかり合いじゃないですか。
慰安婦の強制連行は考えにくい。ないという証拠は極めて集めにくいものだ
呉智英
 さて、最後は簡単にしめくくりますけれども、慰安婦問題についてです。私は議論がこんなになる前から、漠然とですけど、こう考えていました。小林さんもおっしゃったように、日本軍のなかで乱暴者、暴発者が強姦をしたり、略奪をしたりする、これはすべての軍隊に観察されることだ。ただし、軍隊が国家意志として命令したかどうかになると、これは別論です。

 あるという証拠は一つ持ってくればいい。しかしないという証拠は極めて集めにくい。それで私は極めて考えにくいとしかいいようがないんですけれども、銃剣を突きつけて拉致するということはなかった、あるいはそれは極めて考えにくいと考えています。

 どうしてかといいますと、当時、朝鮮という国はなかったんですね。これに関して歴史上の責任があるといえば、日本はあるわけですけれども、朝鮮を併合しています。つまり大きな大日本帝国になっているわけですね。

 仮にも大日本帝国の臣民をその大日本帝国の軍隊が銃剣を突きつけて拉致してきて売春婦にするというのは、これはちょっと考えにくいんじゃないか。
このシンポジウムの模様は『新しい日本の歴史が始まる』に収録されています
『史』平成9年5月通巻第1号より