第5回つくる会シンポジウム
現代日本の「戦争と平和」観への異議申し立て
〜小林よしのり『戦争論』をめぐって〜
〜小林よしのり『戦争論』をめぐって〜
開催日: 平成10年9月20日
パネリスト: 小林よしのり・岡崎久彦・
田久保忠衛・長谷川三千子
西尾幹二
司会兼パネリスト: 伊藤隆
ゲストスピーカー: 前田日明
 平成十年九月二十日、東京・新宿の厚生年金会館で「新しい歴史教科書をつくる会」主催のシンポジウム「現代日本の「戦争と平和」観への異議申し江て〜小林よしのり「戦争論』をめぐって〜」が開催されました。

 二千人余収容の会場は、開場早々立ち見を含む超満員となり、異様な迄の熱気。小林よしのり著『戦争論』は猛烈に売れており、現在五十万部を突破せんとする勢いです。ともかく、主催者の予想を遥かに上回るこれ程の参加者が集まった事は、『戦争論』の与えた衝出撃の大きさを物語っています。
 
 会場の熱気は、参加者の中心層が十代、ニ十代の若者達である事にもよるのでしょうか。明日の日本を担うこうした若者達から、中高年、或いは戦中派に属するご老人をも含めた幅広い年齢層の参加者が、小林氏によって投げつけられた現代日本社会への大きな疑問符『戦争論』について、共に考えようと集りました。時代は今、確実に新たな一歩を踏み出しつつあります。

 暗転した会場に響く「『戦争論』小林よしのり」の一声。続いて、R・ヴァーグナー「ヴァルキューレの騎行」が流れ、スクリーン一杯に映し出される『戦争論』のカット。言うまでもなくヴァルキューレとは、北欧神話で戦死者の魂をヴァルハラの殿堂へと運ぶ、翼.を持った戦いの女神達。奏楽を背景に、『戦争論』の内容をアフォリズム化したナレーションが力強く朗読されます。

「戦争という状況なればこそ試される愛と勇気と誇り、そして戦争という状況ならばこそ生まれる感動がある。この人間の不条理を受け入れよ」
「国の為に戦って斃れたものは神となり、靖国神社に祀られる。これも一つの物語。国家も国民も家族も一つの物語。人は何らかの物語を選んで生き、その物語に死ぬ。物語無き人は人でなく、物語無き国は国ではない」
「大東亜戦争−あの絶望的な戦局で壮絶な亡ぴの美学を残して散った日本人の民族性の全てがそこにある。これこそが日本の戦争」

 かくして音楽と映像と箴言とが織りなす精神的高揚感の中、シンポジウムは幕を開けました。司会は昭和史研究の第一人者である伊藤隆・東京大学名誉教授。学究一筋の碩学であるこの伊藤氏こそ、実はこの『戦争論』シンポジウムを提唱し、自ら司会をかって出られた張本人なのです。『戦争論』著者・小林よしのり氏、外交官として要職を歴任された評論家・岡崎久彦氏、ジャーナリスト出身でアメリカ外交戦略に詳しい杏林大学教授・田久保忠衛氏、哲学者であり、日本国体思想にも造詣の深い埼玉大学教授・長谷川三千子氏、当会(当時)会長・西尾幹二氏のパネリスト各氏に加え、更にゲストスピーカーとして格闘家・前田日明氏が意見発表を行いました。

わしが『戦争論』を描いた理由 ◎小林よしのり◎
 学校で戦争をただ「人殺しだ」と教えているから、若者達に戦争の認識が無い。今の若い人は、戦争とは敵兵を殺すことだという事すら分からず「戦争では誰を殺しても良い」だから「日頃気に入らない奴を殺す」などと思っていたりするんです。

 わしは「従軍慰安婦」問題に取り組んできましたが、この問題の元になっているのも「日本軍は悪の軍団だ」という滅茶苦茶な認識です。そこで、慰安婦問題から戦争全体へと筆を伸ばそうと思ったわけです。一方でわしは、薬害エイズ問題やオウム問題との関わりの中で、あやふやな個の内実しか持たない若者から官僚達まで、公共性の意識が無いことに気付きました。そこで縦軸にじいちゃん達の世代の戦争の記憶を置き、横軸に公共性、つまり「くに」を据えました。慰安婦問題の時から既に「うんと叩かれて『ゴーマニズム宣言』がダメになるかも知れない」と思っていましたが「じいさん達の世代を守る」一心で描くことにしました。

 描き始めた頃は、毎日英霊の遺書を読んでは泣く日々でした。漫画で描けるのは情念です。ひたすら英霊のために描きました。その結果、大東亜戦争肯定論になりましたが、当初の心配をよそに、出版されて見るとベストセラーとなり、十代から八O代までの読者からの手紙が殺到しています。三世代を繋ぐ事が出来、漫画家としては満足しています。
『戦争論』の反響
朝日新聞は当初無視する積もりだった様ですが、八月十六日に社説「国民の物語の危うさ」を掲載して『戦争論』を批判してきました。朝日新聞にも物語があるんでしょう。その朝日が合格だというのが、ソ連・北朝鮮・中国なんでしょう。そんな無茶苦茶な物語を吹聴している新聞に、靖国に祀られて英雄に成れる、という物語を「馬鹿馬鹿しい」と批判される筋合いはねえや!と思います。

 わしのところには、小学生から八十九歳のお年寄りまで、色んな感想が寄せられています。戦中派から若者達へ、戦争をただ悪だという以上に伝える事が難しい世の中でした。その壁を、わしは何とか突き崩したかったんです。マスコミのプロパガンダに負けず、世代間を結ぶことをやって欲しいと思います。

しっかりした歴史観の確立を ◎岡崎久彦◎
 戦争史を書くのは大変難しいことです。近現代戦は国民総力戦ですので、お互いに相手の悪口を言い、味方は正義だと言う宣伝をするのが当たり前です。そして、戦争で勝った方の歴史が正史として残るんです。

 大東亜戦争中のプロパガンダは、当初日本が断然優勢でした。インドネシア等の植民地で白人と現地人の間の差別は悲惨なものでしたから、日本の進攻を現地人は当然喜びました。ところが、英米側には日本と戦争をする大義がないので、相手つまり日本の「残虐性」を、実例も伴わず強調したのです。

 私はオランダ史を勉強しました。イギリスとスペインの戦争の際、オランダはイギリス側で大活躍しています。が、その後オランダに勝ったイギリス側の歴史には、それは全く出てこない。このように、負けた国の歴史が失われる例はあるのですが、しかしオランダ人は自国の誇るべき歴史をちゃんと持っている。誇るべき自国の歴史を自ら捨ててしまった例は、世界中日本の他にありません。

 ただ戦後日本の史観を批判する為には、こちらにもしっかりした史観が必要です。未だかつて、歴史を客観的に見る、物事の軽重大小を比較する方法論がない。この意味では、戦前の皇国史観も戦後の階級史観も同じだと思います。人を尊敬する習慣がなくなり、昔のように歴史の泰斗という方も居ない。それで私は、ソクラテス・プラトン以来のダイアレクティク(弁証法)による研究を、先生方のグループを作って実践しております。

困国家の危機には理性を以って銃を取る ◎田久保忠衛◎
 戦争という極限状態に於ける、個人と国家との関係という見地でお話致します。

 最近、マスメディアで非常に有名な某人物が「国家とは胡散臭いものである。自分は国家の為にだけは死にたくない」と述べているのを読みました。この人は、国家から利益を受けているのに、国家イコール悪と見なしているんですね。湾岸戦争の時にも見られた、日本に蔓延している巨大なエゴイズムです。

 私は中学二年で終戦を迎えました。赤紙で応召する人は、最初は「遂にオレの処にも来たか」「まいったなあ」というのが当然の気持ちだと思います。でも、知識ある入間なら、その次に「しかしながら」英語で言うとhoweverの言葉が続くんです。「しかしながら、国家が存亡の危機にある今、オレが国を守らなけれぱならない」と理性で考える。感情だけで留まるなら動物と同じです。

 ではどういう国を守るのか。第一に一定の地域に一体性を自覚する集団があること。第二に、この集団に秩序が存在し、最高権力が無ければならない。第三に、多数の国民が納得し利益を得る、民主国家でなければならない。country, nation, stateをひっくるめた国の存亡の危機には、個入的なためらいはあれども「銃を取る」事を、理性で判断しなくてはなりません。

 それに対し、先述の「国家イコール悪」の考え方は、マルクス主義的「階級抑圧装置としての国家」観と、一種の無政府主義、それに敗戦後の占領軍の日本国家解体政策、これらから出てきたものだと思います。朝鮮戦争の頃、雑誌『世界』で、オールドリベラリスト・進歩的知識人・マルクシストの三グループが一緒に、ソ連を含めた第二次大戦講和条約締結と反米・非武装中立を主張します。オールドリベラリストが抜けた後、残りの人々がソ連よりの立場で、体制は悪・反体制は善という主張を続けて来た訳です。米ソ対立が無くなった後も、こうした考え方は、市民運動・平和運動などに姿を変えて残っています。

 二十年ほど前オックスフォードで、日本でも有名なイスラエルのシロニー教授が「日本の知識人」という題で「日本の知識人は戦争反対を唱えていながら、戦争になると協力した。インチキだ」と講演しました。この時、私の尊敬する都立大学名誉教授の関嘉彦先生が反論された。「自分は戦争に批判的であった。しかしながら、国家の死活を賭けた戦争の時に、祖国が負ければ良いと考えるのが日本の知識人だとは、私は思わない」この、言葉は、会場に大変感銘を与えたそうです。この関先生の態度が、私の今日の結論です。

人間が背負う業としての「戦争」 ◎長谷川三千子◎
 私がこの『戦争論』で一番好感を持ったのは、著者がどんな難しい問題でも全然逃げていない事です。具体的には「戦争に行くとは死にに行くことだ」という規実を、真正面から描いていることです。

 有名な「海行かば」の歌詞に「水漬く屍」の言葉がありますが、これは土左衛門になって腐った死体、という意味です。そんな風になっても構わない、私は戦争に行く、という意味の歌です。もともと万葉集の大伴家持の歌ですが、相当ブラックな生々しい表現ですね。でも戦時中、みんなそれを歌って戦地に赴いたんです。実は日本人は、戦時中からこうした悲惨な死を覚悟して戦っていた。小林さんもこの事を真正面から描いていて「いいな」「勇ましいな」と思いました。

 戦争を考える、更に難しい問題があります。それは「戦争に行く事は、人を殺しに行く事だ」という問題です。この難問について、最近「加害者としての視点で…」等という気持ち悪い言い方が流行してますが、誰も明確な態度や答えを出していません。ですが『戦争論』は、この難問についても逃げる事なく、ちゃんと答えを出していると思います。

 つまり「人殺し」と一言で言いますが、戦争は、カレーの鍋にこっそり砒素を入れる様な卑劣な殺人とは違う。軍服を着て、指揮官の下に交戦法規に従って戦う。一昔前の「決闘」の様に、自分と相手の命を五分と五分の危険に晒しながら命のやりとりをする、正々常々の果たし合いが戦争なんだ、という答えです。でもこの答えにお集まりの男性の殆どは納得されるでしょうけど、女性の半分はピンと来ないのではないでしょうか。「でも人殺しでしょ。人殺しは悪いことだわ」女性も納得できる話でないと、世の中の決着がつかないんですね。そこで、この問題を考える糸口まで、お話をしたいと思います。

 そもそも、同種同士で大規模に殺し含う生き物は人間だけです。普通ヒューマニズムを唱える人は、人間である事を高く掲げますが、戦争の話になると、逆に人間である事は重荷になるんです。この辺りに、考えるカギがどうも潜んでいる様です。

 皆さん、旧約聖書のヤハウェ神の「十戒」を御存知ですね。この十戒の中で「汝殺すなかれ」は実は六番目に出てきます。「我以外を神とするなかれ」等より、ずっと後に「殺すなかれ」があるんです。一方で旧約聖書は、凄まじい戦争の本でもあります。つまり「汝殺すなかれ」という淀と「人間が戦争をする業を背負うこと」とは表裏一体なのです。

 従って『戦争論』の帯の「戦争に行きますか?それとも日本人やめますか?」の言葉は、実は「戦争に行きますか?それとも人間やめますか?」が真意だったんではないか、と思っています。

「全体戦争観」の呪縛からの脱却を ◎西尾幹二◎
 私自身、少年時代は自分も特攻隊に行くのだとばかり思っていました。が、そうこうする内に終戦となり、やがて日本中が完全にアメリカナイズされてしまう。私は信じられませんでした。今思うと戦前も、日本人のルサンチマンが真に爆発してアメリカに向かって行った訳ではない。ある意味で説明しがたい運命的な戦争であった。あれは一体何だったのか。小林さんの世代からのそういう問いが『戦争論』には籠もっています。

 この本には、かなり政治哲学的な問いがばらまかれています。例えば冒頭に「平和」の反対は「混乱」であり、「戦争」の反対は「話し合い」だとある。「戦争」はある政治目的を達する為の手段である、という哲学学から、この本は始まっているんです。

 手段としての戦争という考え方はヨーロッパで根強く、日本はこれを幕末から明治にかけて学びました。スポーツとかゲームの様な戦いで、勝った方が領上を得たりする。これを「限定戦争」と言います。日本は日清、日露、そして第一次世界大戦まで、この考え方で戦いました。

 「限定戦争」に対するのが「全体戦争」total warという概念です。これは国民の道徳・習慣・宗教・教育の全てを投入して戦い、しかも敗者は道徳的罪人扱いをされる戦争です。世界的には、第一次大戦以降既にこの「全体戦争」の時代に入っていましたが、日本はこの事を理解していませんでした。限定戦争の発想で、第ニ次大戦という全体戦争を戦うことをしてしまった訳です。

 ところでこの全体戦争観は、若い国・アメリカで生まれたものです。ピューリタニズム的発想から宗教戦争の観念が再生され、第一次大戦後のウィルソンの国際連盟の提唱に見られる様な、善悪に基づく戦争否定論が国際社会に出てくるのです。この政治と道徳を混同する見地は、ある意味非常に有害です。アメリカは人類の名に於いて、地上の一切を裁く法廷の主であるかの様に振る舞う事になります。そして第ニ次大戦後、大量破壊兵器の出現で、全体戦争は不可能になります。ですから、日本とドイツだけが全体戦争の敗者として、犯罪国家の烙印を押されたのです。私は、この全体戦争観が極めて不合理な戦争観であることを強く主張すると共に、軍国主義は敗戦国だけの特徴ではないのだ、という事を申し上げたい。敗戦国の悪のみを追及し、戦勝国の軍国主義・侵略主義を見逃す態度は、実は理想からは程遠いのです。半世紀を経た今日、戦勝国も敗戦国も平等です。

 アメリカは満洲問題にずっと関心を持っていましたから、隙あらば日本を攻撃しようと狙っていたのです。しかし我々は今尚、アメリカの正義・歴史観・価値観の中にすっぽり包まれています。袋の中の人間は、自分の姿を袋の外から見ることはできない。この本はその事を訴えています。これは決して過去の話ではない、極めて現代的な問題なのです。

「左翼」と「サヨク」と「GHQ」  ◎伊藤隆◎
 我が国の近代史研究は、マルクス主義と東京裁判史観に圧倒される形で、戦後本格化しました。が、マルクス主義の発展段階説が妥当性を主張し得なくなった今日、マルクス主義者達は「民主主義」と「平和主義」とを限りなく白分達の理想に近づけて解釈し、政治の武器として使っているのです。

 現実にマルクス主義は崩壊しましたが、誰一人自分達が間違っていたとは表明せず、グローバリズム等の、国家を越える新しい理想を掲げる形で研究を続けているようです。ですが、相変わらず「抑圧者・権力」対「被害者・民衆」或いは「悪の日本」と「正義の被圧迫民族」の構図を主張しています。おかしな事に、欧米との間では「先進」欧米と「後進」日本、となるのですが。

 『戦争論』で、ごく僅かの真性左翼が人権・平等・自由・フェミニズム・反戦平和等の人の心を動かすスローガンで、片仮名書きの「うす甘いサヨク」を操る、この「うす甘いサヨク」が、その周辺にいる大多数の戦後民主主義の国民を動かす、という説明が為されています。実に上手い説明だと思いました。小林さんが「うす甘い戦後民主主義」と呼んでいるのは、アメリカ占領軍による洗脳の結果育ったものです。そのなれの果てが、外国に攻められ親兄弟が殺されたりしても「逃げる」「黙って見ている」という若者達です。

 大東亜戦争で、アメリカは日本から相当痛手を蒙りました。その日本に対する恐怖の現れが、占領下の日本に対する完全武装解除と、メイド・イン・GHQの憲法第九条です。更に日本は、白人に対し激しく戦った白人以外の唯一の国です。そこで、精神的にも日本の武装解除が必要だと感じられた訳です。ポツダム宣言には世界征服を企んだので、連合国の思い通りになるまで占領する、と書いてあります。

 大東亜戦争は当に全国民の挙国一致の戦争でした。戦後、アメリカ占領軍は「日本悪玉論」を浸透させる為に、戦時中も日本の敗北を望んでいた数少ない共産主義者を利用しました。しかし、洗脳とは言え当時もこれに同調しない人はいた訳です。今のような状態は、やはり日教組による戦後五十年の教育の結果であると思います。

戦争を生きた人間の熱さ ◎前田日明◎
 自分は、歴史が好きでして、古代から現代まで色々な時代に関心があります。ですが自分自身も、左翼偏向した教育を受けてきたんで、疑問に思う事が多いんですよね。

 戦前の東洋を考えるときに、忘れてはいけない一つのキーワードは「儒教」だと思います。自分の母方の祖父は、韓国の李朝最末期の軍人で、韓国併合前に抗日義兵だったそうです。こういう日韓関係を考える場合も、儒教は重要なキーワードです。

 自分は、特に戦記物が好きでして、零戦工ースの坂井三郎さんの書かれた物など、色々読みました。入間の熱さというか、ボルテージの高さを感じました。戦争を生きた人達を考えると、みんな一人一人が体をむき出しに、体を張って責任を持って生きている、そんな風に思います。

 最近の、最高裁判所の靖国神社に関する判断はおかしいと思います。白分は職業柄、色んな国に行きますが、どこの国でも戦争で亡くなった方々に敬意を表するのは当然のことです。小林秀雄の『本居宣長』を読みましたが、キリスト教と日本神道の神は単純に同列には論じられないと思います。

 自分の家は、祖父の代に韓国から日本に渡ってきたんです。そう言った問題も含め、西洋と東洋の道徳観の違い、日教組教育の問題など、色々なことを考えます。

『史』平成10年11月通巻第10号より

このシンポジウムの模様は『新しい歴史教科書誕生!!』に収録されています