第24回つくる会シンポジウム
日本古代の国家形成をめぐって
〜神話・聖徳太子・天皇〜
古代史研究の迷路を踏み破る、日本国家形成期をめぐるシンポジウム。
神話はまったくの作り話なのか?聖徳太子は実在したのか?天皇とは何か?
日本の産声を聞いてみよう!
パネリスト
西尾幹二氏 山本節氏 安本美典氏 高森明勅氏
 
西尾 幹二(つくる会名誉会長・評論家)
昭和10年(1935年)東京生れ。東京大学文学部独文科卒業。同大学大学院文学修士。文学博士。評論家。第14期中央教育審議会委員。ドイツ語学文学振興会賞などを受嘗。評論家として幅広く活躍中。

山本 節(静岡大学人文学部教授)
昭和14年、東京生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。愛知教育大学教授、白百合女子大学教授を経て、現在、静岡大学人文学部教授。主な著書に『神話の森――イザナキ、イザナミから羽衣の天女まで』(大修館書店)、『伝承の宇宙――昔話・伝説・噂話にひそむもの』(渓水社)、『日本の神仏の辞典』(共編大修館書店)など。

安本 美典(産能大学教授)
昭和9年、満州生まれ。京都大学卒業。現在、産能大学教授、文学博士。専攻は心理学だが、日本古代史の研究に関して大きな業績をあげている。季刊「邪馬台国」編集責任者、「邪馬台国の会」主催。著書に、『封印された邪馬台国』(PHP研究所)、『応神天皇の秘密』(廣済堂出版)など多数。

高森 明勅(つくる会理事・国学院講師)
昭和32年(1957年)、岡山県出身。同58年、國學院大學文学部卒。平成元年、同大学院博士課程単位取得。その後、同大学日本文化研究所研究員を経て、現在、同大学および麗澤大学講師。専攻は神道古典・祭祀研究。
超満員のシンポジウム
 平成15年6月28日、東京の科学技術館サイエンスホールにおいて、当会主催による第二十四回シンポジウム「日本占代の国家形成をめぐって〜神話・聖徳太子・天皇」が開催されました。
 
 古代史は、日本が産声をあげた「はじまりの歴史」で、非常に興味深い分野であるにもかかわらず、近現代史よりも史料の入手・解読が難しいこともあり、専門家や古代史ファンは少なくないものの、国民全体に広く関心をもたれているという状況にはありません。古代史は日本史を語る上で絶対にはずすことのできない、日本国家誕生の歴史ですので、今回のシンポジウムは、そのような状況にある占代史を、身近なものにしてほしい、それでいて学問的議論に耐えうる内容にしたい、という意図のもと、専門家をパネリストとして迎え、開催されたものです。

 当日は、雨模様であったにもかかわらず、超満員の450名が来場し、熱気あふれるシンポとなりました。登壇者は発言順に、神話・伝承学の専門家、山本節(やまもとたかし)氏(静岡大学教授)、古代史で高い業績をあげられている安本美典(やすもとびてん)氏(産能大学教授)、古代史の専門家、高森明勅氏(國学院大学講師・当会理事)、保守オピニオン界の第一人者、西尾幹二氏(評論家・当会名誉会長)の四名。第一部における各パネリストの発議は次のようなものでした。
興味深かったパネリスト発議
 まず最初に、山本氏が神話とは何かという問題を神話学の立場から提起し、口承の神話における世界観、現在まで続く神話の世界、そしてその意義についての発議を行われました。神話は当時の人々にとって現実であり、それが現在まで生きつづけているのだ、というお話には、特に熱がこもっていました。

 次に安本氏は、初代神武天皇から九代開化天皇までの天皇は実在しないという見解に対して批判を加え、記紀は偽作であるとはいえず、初期天皇は存在するということを論理的に説明されました。

 たとえば「記紀否定説は、第二代の綏靖天皇から第九代の開化天皇までの天皇の名前が後世的であると主張するが、後世の名が綏靖天皇から開化天皇までの名前にならったと考えるべきであって、その逆を主張する根拠はない」などと批判しました。そのうえで、記紀には初代の神武天皇から第九代の開化天皇までのすべての天皇の陵墓は、山や山の尾根など自然の丘陵などの一部を利用して築かれたように記述されており、第十代崇神天皇から後の天皇については、平地部に築かれたとする例が多いことを指摘。「もし記紀が後世の偽作ならば、後世にあわせて初期天皇の陵墓も平地部に築かれたとするのが合理的であり、また、記紀の記述は、初期の古墳には丘陵の一部を利用したものが多いとする考古学的な事実とも符合する」と述べられました。

 コーディネーター役も兼ねられた高森理事は、聖徳太子の事跡を否定して、その存在を虚構であると主張する学説が唱えられている現状を説明し、「専門家がこのようなことを一見実証的に述べているところに問題がある」と指摘されました。そのうえで、「聖徳太子虚構説」が前提としている「聖徳太子の事跡は日本書紀にはじめて書かれた」という見解について、史料に基づいて批判。聖徳太子の事跡の初出は「日本書紀」ではないことを明らかにされました。

 そして西尾名誉会長は、本居官長の『古事記伝』、「〜がある」と「〜である」の違い、二ーチェの『ギリシア人の悲劇時代の哲学』や『悲劇の誕生」などの資料をもとに、日本神話と近代、西洋哲学の在り方とキリスト教について熱弁をふるいました。
最後まで熱気いっぱい
 休憩をはさんだ第二部では、第一部の発言を各自ある程度補足したうえで全体討論に入り、神話における宇宙観・自然観について、津田史観による戦後の記紀軽視状況の間題点、アニミズムが現代も生きる日本社会、神話の復権などさまざまな間題につき活発な意見交換が行われました。

 最後に、西尾氏から「神話を研究対象とする神話学者は、神話を破壊する」という刺激的な発議がなされましたが、残念ながらこの命題を十分に討議する時問はありませんでした。今後の議論の発展に期待したいところです。熱気いっぱいで始まったシンポジウムは、その熱気を失うことなく、それどころかさらに盛りがりを見せ、大盛会のうちに幕を閉じました。
*このシンポジウムはビデオで発売しております。詳しくは当会までお問い合わせください。
『史』平成15年7月号通巻39号より