去る1月12日、靖国神社の近くの九段会館で開催された「国民の文明史発刊記念シンポジウム」に足を運んだ。昨年末に発売された中西輝政先生の「国民の文明史」についてのシンポジウムである。地下鉄九段下の駅を出て、ちょっと時間が早かったのでとりあえず靖国神社へ参拝。あぁ、今年初めてだなぁと気持ちを新たにして会場に向かうとすでに観客で埋め尽くされている。つくる会主催のシンポジウムには何度か行ったが、ここ数回ではみられなかった熱気を感じる。中西人気恐るべし、である。会場内のアナウンスが流れ、幕が上がり、まずはコーディネーターの西尾先生が登場。まずは客の入りに驚いたようすだ。嬉しそう。そして入江孝則先生を「文明論のエキスパート」、片岡鉄哉先生を「アメリカの通の愛国者」として紹介する。特に片岡鉄哉先生については「さらば吉田茂」という著書を推薦し「アメリカの反日勢力、そしてそれに通じている日本人がやっかいなのだ」というと会場から拍手が。続いて田中英道会長、本日の主役である中西先生を紹介する。次に田中会長へバトンタッチ。主催者として、このシンポジウムを契機に「我々が日本の文明力を発信したい」と挨拶。愚管抄の慈円の言葉などを引き、なかなか格調高い。さすがは会長である。
このシンポジウムの構成は、第一部が中西先生による「国民の文明史」の概要説明と各先生からの書評、第二部は討議となっている。概要説明は読んできていない人のためだとのこと。私も読んでいないのでありがたかった。中西先生は年始らしく「あけましておめでとうございます」と挨拶して始める。もちろん大著をそうそう簡単に説明できるものでもないので、観客に配布された資料<これが『国民の文明史』の主張だ!>に基づいて進める。日本文明の5大特徴は「一国一文明」「縄文と弥生の超転換システム」「換骨奪胎の超システム」「大深度の地下水脈」「重層文明」なのだそうだ。また「今の日本は大きな、歴史的な危機の状態に入ってきている。危機と破局は違う。危機とは人間の心のなかに生ずるものだ」「このままでは日本は取り返しがつかないことになる」と繰り返し本のなかで指摘したとのこと。印象に残ったのは「日本は一国一文明という特殊な国なので、外交関係はすべて異文明との関係になる。だから日本外交は難しい」ということ。「外務省が無能だ」では片づけられない問題なのだとか。それから「日本の文明力はどこからでてくるのか」という問題設定では「眠っているものをどう目覚めさせるのか」として「押し返す力」「抱き込んでいく力」が大事なんだと強調された。この辺はきちんと本を読むことにしよう。それから各先生による書評。
トップバッターは入江先生。文明論のエキスパートながら「国民の文明史」を「自分が書きたかった本」だと絶賛する。冷戦が終わりこれから中国と対峙していくなかで「一国一文明」という日本の特殊性を認識することが大事なのだと言う。その関連で「今の政治家のなかに足利義満がいる」と指摘。朝貢、つまりは中共詣でしたがる政治家達のこと。与党にも野党にもいるね。それから「縄文と弥生」について。これは中西流の使い方だと。「縄文=自足、自己抑制の時代」「弥生=変革期の時代」なのだそうだ。変革期の「弥生」の例として、黒船来航から明治維新の間が15年間しかなかったことを「日本文明には瞬発適応力がある」と述べる。そんなに短かったのか。平成もすでに15年を過ぎてしまった。また「換骨奪胎」のキーワードについては、「ええとこどり」なのだとわかりやすく表現したうえで、「でも換骨奪胎できていないものが一つある」と述べる。何かと思ったら「アメリカからもらった憲法」なのだと。確かに換骨奪胎できていない。できないぐらい強力に押し付けられている、というべきか。
続いては片岡先生。「日本が停滞に入ったのは冷戦が終わってから」だと。そして「日本が不思議と動かない。それは日本の中に売国奴がいるせいだ」という。そして今、ワイマール共和国のことを勉強中だとかで、ワイマール共和国しかり、ベトナム戦争後のアメリカしかり、敗戦後の国にはすべて同じ現象が見られる、という。つまり戦争時代とまったく逆の価値観になってしまうのだそうだ。また「国民の文明史」について「近代日本についての洞察力は一流だ」と賞賛。満州事変などを例にとり「合理的な第三の選択肢をきちんと示している」ところがすばらしいそうだ。また中西先生が「何が真なのか、善なのか、美なのかを追求すべき」と書いている点を踏まえ、「価値の多様化」ではないことを強調されていた。その辺の軽い学者どもは「価値の多様化」を絶対視しているけど、一流の先生が言うことには重みがあるね。
続いて田中会長。会長らしく「つくる会」の運動のことにも触れる。つまり「国民の文明史」を「政治を通じて語る日本の精神史」だと捉えた上で、つくる会の運動については「戦後知識人が染まっていたマルクス主義、進歩史観に対して新しい軸を立てることだ」と言う。なかなか大局的。特にマルクス主義の経済史観は「貧しい歴史観」だとバッサリ。そして愚管抄の慈円の「道理」という言葉をひきつつ「人間の精神が大事なのだ」と。また「国民の芸術」を書かれた会長らしく「かたち」の問題に拘る。「縄文/弥生」というのは土器のことであり「日本は土器ぐらいしかできない文化だった」という一種の進歩史観であることを指摘。また天平文化をもっと強調したほうがいいのではという指摘も。天平文化というのは目で見える日本の文化の源泉であり、西洋人でもわかるものだという。「言挙げ」しない日本文明をつたえるには「かたち」なのだろう。特に「壊れやすい木造の法隆寺が現在まで残っているというのが日本の文明力の証しだ」と。終始田中会長らしいコメントだった。
最後に西尾先生。西尾先生は一貫して挑発的。「縄文/弥生」については最近の古代史研究が測定法の技術発展によりどんどん変わっていることを指摘した上で、「縄文/弥生」という枠組みで捉えるのは無理があるのではないかと指摘。さらに中国の古代文明には黄河文明と長江文明があり、日本は広い意味で長江文明に属しているのではないかと提起する。三内丸山は長江文明の流入ではないか、とまで。どうなんでしょう? 「国民の文明史」については第7章・第8章がのびのび書いていて面白いという。つまり「縄文/弥生」という枠組みを離れて書いた部分だからだと。この辺は読者でいろいろ判断が分かれるのだろう。さらに面白い指摘として「文明史が運命論になってしまうのではないか」と言う。明治維新が弥生で現在が縄文ならば、このままあと200年は縄文の時代が続いてしまうのか、という問題提起。なかなかおもしろい。
とりあえずここで第一部終了。 第二部は討議。また入江先生から順番に発言。文明論のエキスパートとしてトインビーなどいくつかの文明論について触れる。「縦の文明論/横の文明論」というキーワードによりトインビーやアイゼンシュタットの文明論を紹介。トインビーの文明の発生から消滅までの循環パターンは古代ギリシア・ローマに範をとりすぎではないか、という指摘はおもしろかった。そういう意味で文明論はパターン化したら駄目だと。中西文明史でも縄文/弥生の400年周期説ではうまく説明できないものがある。だから弥生のなかにミニ縄文、縄文のなかにミニ弥生というものがあるのではないか、という指摘だった。なるほど。
次は片岡先生。他の先生方も中西先生自身も、ハンチントンの「文明の衝突」を文明論が注目された契機として取り上げていたが、片岡先生はちょっと見方が違う。ハンチントンはタカ派の政治学者でアメリカの堕落が耐えられないから、アメリカ再生のきっかけとしての真珠湾攻撃みたいなことがあることを願っており、アラブを敵に見立てるために文明論を書いた、というのだ。まぁそういう面もあるかもしれないが「文明の衝突」も読んでいない凡人にはわからない。また自分はミクロの社会科学をやっていて、中西先生はマクロ、ミクロの社会学では魂の話ができない、ということも言っていた。ほんとは魂の話をしたいそうだ。愛国者ですからね。また根源的とも言える質問「文明はどういうメカニズムで歴史を動かすのか」という問いを残して発言を終えた。
次は田中先生。前方後円墳について中西先生は否定的に捉えているのではないか、と発言。田中先生によれば、ピラミッド以上の文化、口承文化がある証だと。これに日本人の底力を感じるそうだ。田中先生の挙げるポイントは「かたち」のことなので素人にもわかりやすい。
次は西尾先生。ヨーロッパはボーダーレスだが東アジアはボーダーフルでやってきた世界だ、ということを指摘。特に言語論で、シナ周辺はシナに蹴散らかされた言語であり、日本語もそうなのだ、と言っていた。そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。ただ日本語はどこの語族にも属さない独特なものらしい。 これらの先生方の発言を受けて中西先生が答える。おもしろかったのは冒頭で「文明史・文明論を書くと、どこからでも隙を見つけられるから、批判が大きい」そうだ。誰も反論しないような大御所になってやるのがよいらしい。中西先生は果敢なる挑戦ということか。また日本人は世代を超えて伝えていく、継承することが苦手であり、これを訴えるのに文明論・文明史を使うのが有効だそうだ。その枠組みとして「縄文/弥生」を使っているという。このキーワードについては中西先生は最後までためらいがあったが、戦後育ちの読者がわかるようにつけただけであくまでもネーミングの問題だそうだ。だから「たおやめぶり/ますらおぶり」「出雲/大和」というキーワードも案としてあったとのこと。さすがに西尾先生が言われた「長江文明/黄河文明」というのは抵抗があるようで、特に「長江文明」についてはアッサム〜雲南のことではないかと。また考古学・歴史学の新説はいわば女性のファッションのように変わるものなので、そのようなものには振り回されない、と文明論の重厚さを中西先生はアピールしておられたのが印象的だった。片岡先生が言っておられたハンチントンについては「アメリカを代表する知性」であるとまったく違う評価。彼は西洋文明が世界を覆うという文明観をあの本で放棄した、マッカーサー、GHQを否定したのだと。日本の光明になるのではないかと中西先生は高い評価をしている。天皇論については、「天皇」という存在が日本の「かたち」と「心」の融合であると述べ、皇室の伝統を残していくのが日本の文明力である、と明言したのはさすがは中西先生という感じである。「縄文/弥生」の400年周期が「そんなに待てない」という意見については「400年周期説は近代には当てはまらない」といいつつ、現在は「ただならぬ無変化」なのか「脱力している」のか、問いかける。「ただならぬ無変化」というのは京都学派の鈴木重孝先生の言葉だそうだ。また昭和の過ちは大正時代に準備されていた、という歴史認識を示した上で、平成時代は大正時代と危うい類似性があるとも。どうなるんでしょ。
この辺りから議論が活発になったので、主なところだけ。入江先生がキリスト教と日本について問題提起。入江先生は「日本人はキリスト教に対する本能的な拒否感があったので、結局定着しない」という。それに対して田中先生が「南蛮屏風でキリストを七福神の一人に見立てようとしたが、キリスト教側が拒否した」という興味深い話をされていた。またキリストの教皇と天皇がバッティングするので結局日本に定着しなかったのではないかという指摘も。中西先生は「一神教/多神教というのは西洋の考え方であり、日本は全く別の一神教ではないか」と。また「日本人は自分の心、内面を向いている」「日本が多神教というのは西洋人の決め付けではないか」とも。ちょっと知りたくなるテーマだ。この辺りは「国民の文明史」を読んで確かめたい。西尾先生も「日本人は内面の追求をする」と述べた上で「誠」「敬」という言葉を挙げていた。そして「日本の戦わない精神を外に知らしめるために、戦わなければならない」と。日本の矛盾する立場をうまく言い表していると思う。田中先生も美術史家らしく「日本人が憤怒像と慈愛像の両方を持つことを自覚しなくてはいけない」と。「国民の芸術」も再読の必要があるかな。
そして日本はどうなるのか、というテーマに。入江先生は「日本は予想もしないものに変わる」と幕末から明治維新にかけての動きを例に述べた。でも「敗戦はまだ消化しきれていない」とも。入江先生は今後に希望を持ちたいそうだ。片岡先生は「現在の日本は標準ではない。総理を見ればわかる。今は異常だ」と端的に述べる。つまり正常に戻る力がそのうち働く、ということなのだろう。そして中西先生が「日本人が押し返す一線はどこにあるか」と。「一線」というのはグローバルエコノミーとかジェンダーフリーとか価値観がなにもかも融解していこうとしていく現在の日本の状況においては、非常に重要な言葉だと思う。日本人が日本人でいるためにはどこかで「一線」を引かなければいけない。「つくる会」は教科書を通じてその作業をやっているのだろう。今後のつくる会の活躍と、先生方の活躍に期待したいものだ。
全体を通じての短い感想。西尾先生が始終中西先生を挑発するが、それを軽くいなす感じで重厚さを漂わせる中西先生というやり取りであった。田中先生は一貫して「かたち」をテーマに話をされるので、わかりやすい。入江先生は文明論のエキスパートとして「文明論とはこういうものだ」と観客に提示していただいた。そして片岡先生。発言回数が少なかったので残念。もっといろいろと聞きたい論客の一人である。