中西輝政/著
新しい歴史教科書をつくる会/編
定価:1800円(税込み)
平成15年12月13日発売・扶桑社
文明史観なき国家は、必ず滅ぶ。
−過去の歴史と未来の歴史をつなげてゆくもの、それが文明史である−
文明史ーーそれは、歴史をマクロな視野から、長いスパンで洞察する眼差しです。単なる歴史研究を超えた、一国を取り巻く文明全体の大きな流れを見極める目を持たないと、国家衰亡の危機には対処できません。グローバリゼーションの挑戦、国家観の喪失、教育の荒廃、治安の悪化、そして「危機」に気づかない国民精神の堕落・・・。現代日本は未曾有の「歴史的危機」に直面しています。これを超克するためには、いまこそ「国民の文明史」を手に入れる必要があるのです。本書では、憂国の碩学・中西輝政氏が、鮮やかに日本文明の特質と来歴を読み解き、衰亡回避の実践的方策を明らかにします。過去を鳥瞰し、未来を照射する叡智の輝きは、必ずや読む者に新鮮な衝撃を与えることでしょう。日本の未来を拓く希望の書の登場です!
主な内容
・「文明史」とは何か
・「歴史的危機」のシグナルを見落とすな
・なぜ、いま「文明史」が求められるのか
・縄文と弥生の変換システム(古代〜明治)
・文明衰退は大正教養主義にはじまるー誰がこの国をだめにしたのか
・愛国者・内村鑑三と明治・大正のキリスト者
・世界の中の日本文明
・文明の衰亡を回避したイギリス
・あるべき日本の姿
・これからの政治に求められること
・立ち返るべき「この国のかたち」他
日本文明の五大特徴
1 日世界六大文明の一つで、一国一文明をなしている。
2 縄文と弥生の超転換システムー日本文明には「縄文」(安定・停滞の時代)と「弥生」(変革・危機対処の時代)を切り替えていく独特のシステムがある。
3 換骨奪胎の超システム ー日本文明には、他国から文化を吸収しながら、それを日本独自のものにつくりかえる生来の機能がある。
4 大深度の地下水脈ー日本文明には「危機の時代」になると、文明の奥深くから巨大なエネルギーが噴出し、それを乗り越える不思議な力がある。
5 重層文明ー日本文明は過去が断絶されずに、積み重なってゆく連続性のある文明だ。
目次
第一部 なぜ今、文明史なのか
第一章

文明史が示す日本の現状と危機

(1) いま日本人には文明史観が求められている
(2) 現代日本の危機的状況
(3) 日本は「歴史的危機」を乗り越えられるか
(4) 危機は「人間の心の中で起こる」
第二章 「文明史」とは何か
(1) 「文明」の定義
(2) 時代の本質をとらえる「文明史」という枠組み
(3) トインビーの文明衰退論
第二部 日本文明を考える
第三章 日本文明に見る「超システム」現象
(1) 「日本文明」とは何か
(2) 日本文明の特質
(3) 「瞬発適応」と「換骨奪胎」の超システム
第四章 「縄文」と「弥生」の日本文明史
(1) 日本建国期の「弥生化」はやがて「縄文化」へ
(2) 「弥生式変革」の原型をつくった聖徳太子
(3) 天武天皇の文明的選択
(4) 長すぎた平安の「縄文化」と「大崩れ」
(5) 武家政治は「正統」か否か
(6) 文明の衰退期だった室町時代
(7) 「江戸」と「明治」は一つの時代
第五章 日本文明が揺らぐとき
(1) 欧化の波に揺らぐ日本人のアイデンティティ
(2) 大正期知識人が日本を狂わせた
(3) 愛国者・内村鑑三と明治・大正のキリスト者
(4) 大正と平成の近似
第六章 昭和の大戦の文明史的意味
(1) 「歴史の危機」をもたらした大正の大改革
(2) 日本を戦争へ導いたのは誰か
(3) 戦後日本を呪縛した三人の法制家
(4) 敗戦による「軍事占領・更地化・一神教」の試練
(5) 日本文明の衰退の兆候
第三部 外から見た日本文明
第七章 世界の中の日本文明ーー比較日本文明論I
(1) 重層文明と更地文明
(2)

スペインとオランダの衰亡とヨーロッパ文明

(3) 文明としての「パックス・ブリタニカ」
(4) 武士道、ミカド信仰、クラフツマンシップ
第八章 日本はアジアではないーー比較日本文明論II
(1) 文明史観から見たアジア
(2) 日本文明史と国際関係
(3) アジアにおける中国の異質性
第四部 現代日本の文明史的立場と課題
第九章 文明としての米・中との対峙
(1) 「事実軽視」は中国の文化伝統
(2) そのとき日本は、朝鮮半島と台湾海峡から挟撃される
(3) チャイナ・リスクの時代
(4) 異文明との同盟による国家の生存ーー「アメリカ」とどう対するか
第十章 文明史から見たあるべき日本の改革
(1) 国家観を喪った日本の官僚と政治家
(2) 「米百俵」の教訓は、精神と教育の大切さ
(3) あの苦難を越えた昭和を見習おう
(4) 日本人にとっての「心」と「神」

著者の言葉
◎よく言われる通り、歴史は、それが読まれる時代の問題や関心に答えるために書かれるものである。現代を生きる我々にとって、ほんとうに必要な歴史とは、どんな歴史なのか。そのことをこの二〜三十年ずっと考えてきた。私が、国際政治や現代日本のいろいろな問題にも関心を向け続けてきたのは、このことを考えるためでもあった。そして、そのささやかな、本当にささやかな答えの一つとして、本書を世に出すことにしたのである。

◎文明史とは、一言でいえば、千年くらいを一つの単位として歴史を考える営みだ、と私は定義することにしている。ふつうの歴史は一世紀・百年くらいを単位として、時系列に沿って前後のこまかな因果関係を考えつつ書をすすめてゆくものである。そこに一つ違いがある。また、「一千年」などという長いスパンを問題にするといっても、それはいわゆる「通史」ではない。時代や問題を自由に飛び越えて、「本当に歴史を動かすものは、何なのか」という関心から歴史をタテ、ヨコから追ってゆき、また遡る。「文明史」と称されるものは、いずれも多かれ少なかれそのような方法で展開される。ただ本書では、現代 日本人が「文明史」なるものに比較的、なじみが薄いのではないか、ということも考慮して、日本の文明史について叙述した部分(第四章、第五章)では、読みやすさを考慮して、時代を追って時系列に沿った流れを守るようにした。
 「文明史」というものの二つめの特徴は、“文明論”とか“比較文明論”といったジャンルとときには関心が重なることもあるが、あくまで具体的な歴史の文脈に沿って、歴史上の具体的事象をとりあげ、それらの間に、ある種の並行関係や類似したパターンを見出してゆこうとするものである。その点で、いわゆる文明論や文明研究とは違い、あくまで歴史であることを最大のアイデンティティとしている。だからそこで、くり返される出来事の基本パターンや、大きな歴史要因(「歴史を動かすもの」に関わりがありそうなもの)、たとえば、周期性とか世代、といったものに着目することになる。
 「文明史」というものの三つめの特徴として、ここで予備的ながら触れておきたいことは、ふつうの文化史や近年では「歴史社会学」とか「文化社会学」と呼ばれるものとは違い、文化や社会といった歴史の一領域(それぞれ大きな領域ではあるが)に関心を向けるものではなく、政治・経済・社会・文化・思想・宗教・芸術といった、(理念的には)全ての領域に目をやり、「歴史を動かす本当の要因とは何なのか」を深く考えてゆこうとするものである。(以上「まえがき」より抜粋)
◎大切なことを最後にもう一度見ておくと、やはり日本がどこの国にもない、「一つの国で一つの文明を担っている」という特別なあり方の国であるということに目が向く。国というものと文明との間に、きわめて緊密な関わりがあるから、「国家生活」に「文明」を全て服さしめることも、また文明の自然な衰えの流れに国家を溺れさせることも、いずれも共に避けることが、我々の「文明史的使命」だと思うのである。
 国家はどこまで行っても手段である。文明の再生と発露こそが国家の本来の目的なのである。しかし、一つの国家しか、その文明の後見人がないところでは、国家の存立が直ちに 文明の消長にかかわることになる。この日本人と日本文明のとっての「国家のただならぬ意味」を我々はもう一度、目を見開いて直視しなければならないのではないか。

◎ 私はこれまで、文明史ということでは、西欧を中心に、とくに「大国の衰退」というテーマで多くのものを書いてきた。大学に入って以来、一応ヨーロッパを中心とする歴史を専門として学んできたということもあるが、もう一つはあくまで、そうした西欧の歴史や文明史が、この日本にとって重要な意味があると考えたからであった。あくまで関心は日本でありつづけてきたことは間違いない。
 しかし今回、正面から日本の文明史を私なりの観点で一冊の本にまとめてみて、ああやっと私の本来の仕事が始まった、ということをつくづく感じた。思い返してみれば、歴史の勉強を本格的に始めて、この三十数年はここに辿りつくための準備だったのだということを、誠に拙い成果ながら、本書を書き終えて実感として持つようになった。
 欧米に長く留学していたときも、突き上げるような「日本への関心」という衝動を感じ、向こうの大学図書館で日本の古典や史書をむさぼり読んだものだ。おかげで専攻テーマが手薄になり、他人の倍の修学期間をかけても、目ぼしい成果は得られなかった。そうした諸々のことも含め、ここへきてやっと、この仕事をするためにこれまでの自分はあったのだ、と納得することができた。(以上「あとがき」より抜粋)
正論 2004年2月号
インタビュー/中西輝政
「日本はこの文明史的危機を克服できるか」 
定価:680円(税込み)産経新聞社
中西輝政著『国民の文明史』を推薦します
文明史の動的な転換を視野に入れた警世の書
新しい歴史教科書をつくる会 会長 田中英道
 中西輝政氏の『国民の文明史』がいよいよ発刊されます。

 氏の文明論にもとづく政治批評は定評があるところですが、この本ほど、日本政治の歴史を過去から現代まで生きた言葉で語っているものはないと思われます。この書物が大部なものであるだけあって、その語り口は伸びやかで、説得力に満ちています。

 その重要性は、現在の日本の政治家、官僚の多くが、国家観や文明観を欠く政治を行なっていることへの警鐘だけではなく、戦後世代の多くの国民が、国家観や文明観を喪失したまま、さまざまな分野へ進出している事態に直面して、国民全体の問題として問題提起していることです。現代の日本が本当の隆盛を誇ることができるだろうか、と氏は問うています。その意味で本書が上梓されたことは終戦から六十年を迎えようとしている今日の日本において大変意義が大きく、また時機をえたものとなっています。

 氏の論理は、イギリス政治史を専門として、世界の文明史の浮沈をよく知っている強みに裏打ちされています。その理論はこれまでの文明史観の静的な決定論ではなく、動的な転換を視野に入れたものなのです。たとえばその理論の一端は、日本が「縄文的」な長期にわたる安定した時代から、「弥生的」な物事を急変させる変化の時代へと転換することによって、日本の歴史がさまざまな困難さを乗り越えてきたのだ、という歴史認識にもよく出ています。また外国からの影響を受けても、文化構造に根ざした「換骨奪胎の超システム」が作動しているかぎり、日本文明に大きな利益をもたらす。しかし戦後に導入された体制は、必ずしも利益をもたらしていない。日本の文化構造に根ざしていない、と言うのです。

 こうして現在を見すえながら、歴史を動的に見ていくことこそ、私たち「新しい歴史教科書をつくる会」の運動の一つのテーマなのです。それはこれまでのドグマティックなマルクス主義の歴史観、自虐史観を徹底的に打ち壊す史観となるからです。さらに日本歴史にあらたな物語を与える基礎にもなるものです。日本文明の衰亡に警鐘をならしながら、一方で、現代の日本人や指導的立場にいる政治家たちを、暖かい期待感を持って見つめる著者の柔らかな態度は、歴史を動かす基本がやはり「歴史に培われた日本人の心」にあるという信念に他なりません。本書をつよく支持するゆえんです。