西部邁/著
新しい歴史教科書をつくる会/編
定価:2000円(税込み)
平成12年10月30日発売・扶桑社
親が子に伝えたいいま日本人に本当に必要な覚悟、それが道徳です。
こんな時代だからこそ、あらためて日本人の生き方を考えてみたい。
道徳、それは活力ある人生への決意です!
目次
1 「江戸」以前の道徳 17 「公と私」のドラマが国家意識を産み出す
2 「明治」以降の道徳 18 歴史の良識こそ国民のルールである
3 日本は本当にヨコ社会である 19 徳育のための知育
4 天皇は「聖と俗」の境界に立っている 20 地球市民という幻影
5 戦争責任をめぐる道徳論の歪み 21 国家の不在が「市場の失敗」を作り出す
6 祖国のために戦うということ 22 組織は道徳に支えられる
7 「民主」憲法の不道徳 23 技術が環境に襲いかかる
8 米ソの歴史軽視に擦り寄った戦後知識人 24 「豊かな社会」の貧しさ
9 個人の「何が」尊厳に値するのか 25 「物神」に憑かれた欲望
10 自由が道徳を破壊する 26 輿論の道徳、世論の不道徳
11 道徳を砕く進歩の歯車 27 「恥の文化」を壊す大衆社会
12 自由の虚妄、平等の欺瞞、博愛の偽善 28 春を売るなかれ、人を殺すなかれ
13 マスメディアが第一権力を掌握した 29 家庭は社交場である
14 権威を足蹴にする大衆人 30 地域社会は道徳の訓練場である
15 健全なナショナリズムが指導者の条件 31 死生観が道徳を鍛える
16 伝統の本質は平衡感覚にあり
こんな時代だからこそ、あらためて日本人の生き方を考えてみたい。
道徳、それは活力ある人生への決意です!


著者コメント  西部 邁 (にしべ・すすむ)
私は戦後育ちの第一期生です。だから、道徳なるものを、あからさまに肯定する方向で物を書いたり、しゃべったりすることは禁句であると、いつの間にか思わされてきました。そのくせ、自由に始まり平等を経て博愛にいたる、フランス大革命以来の決まり文句と化した価値観だけは、家庭に始まり学校を経て議会にいたるまで、半世紀余にわたってしつこく復唱され続けてきました。

自由という理想は、統制という現実に基礎づけられていなければ、単なる空語です。また逆に自由という理想に率いられていなければ、統制という現実は単なる拘束です。そこで平衡をとること、つまり自由と統制の相克のなかから秩序の感覚を、平等と格差の葛藤から公正の意識を、博愛と競合のそれからは活力にみちた態度を見つけだしていくこと、それが精神の力強さだと考えられています。漢語で「徳」といい英語で「ヴァ−チュ」という、こうした精神の平衡術こそが大事なのです。

しかし、「徳」は、一個人はおろか一世代で身につけられるような、生易しいものではありません。そんなことができるような立派な能力を、人間は持ち合わせていないのです。歴史つまり持続せる時間の道筋において、厖大な数の人生や時代が、「徳」をめぐる困難な営みをつうじて、少しずつ精神の平衡術を残してきました。それらを蓄えたのが伝統です。伝統から離れれば、人生も時代も転倒したりします。ある哲学者が言ったがごとく、「左翼になるのは、右翼になるのと同じく、人が莫迦になるための早道なのである」。これが道徳、徳を論じるに際しての私の最も基本的な考え方です。