| 平成16年2月12日、東京・文京シビックホールにおいて「歴史教科書10の争点」第一回目の講座が開かれ、260名もの聴衆が参加しました。連続講座のトップバッターは高森明勅理事(國學院大学講師)。「日本の国柄をつくった聖徳太子」というテーマで近年クローズアップされている聖徳太子虚構説の検証と、聖徳太子の歴史的意義などを約1時間にわたって話され、後半では講座のコーディネーター役・藤岡信勝副会長と各社中学校歴史教科書における聖徳太子の扱われ方などをテーマに対論されました。
高森理事は、まず第一部で大山誠一氏(中部大学教授)が書かれた『<聖徳太子>の誕生』(吉川公文館)、『聖徳太子と日本人』(風媒社)、さらに昨年には多数の研究者を動員してまとめられた『聖徳太子の真実』(平凡社)などによる聖徳太子虚構説を紹介し、それに対する反論を展開されました。
高森:「大山説では「厩戸皇子は実在したが、日本書紀に描かれたような卓越した政治的・宗教的・思想的に偉大な指導者ではなかった」とし、その根拠は「日本書紀よりも古い史料の中に聖徳太子の偉大さを証明する史料はゼロである。これまでの史料は全て日本書紀より後にでっちあげられたもので、信用できない」からだという。なぜ聖徳太子という人物が登場したのかというと、「日本書紀の編纂者がある思惑をもって捏造した。その犯人は書記編纂当時、大きな力を持っていた藤原不比等と長屋王である。それらの意向を受けてでっち上げたライターは道慈という僧侶である。」その動機は、「支那皇帝に匹敵する中国的聖天子のイメージを日本の天皇制の核に据えるために、日本書紀の中で聖徳太子という人物像を造型した」、それから「不比等にとっては孫に当たる首(おびと)皇子(のちの聖武天)を恙なく皇位継承に導く為だ」としています。」
これに対し高森理事は、法隆寺金堂の釈迦三尊像は聖徳太子ご生前の等身大の釈迦像で、太子が亡くなられてすぐ等身大の釈迦仏が作られるほど、卓越した宗教的な指導者として仰がれていたことが立証されること。発起寺塔露盤銘に「上宮太子聖徳皇」とあり、「聖徳」をそなえた指導者とみる認識があったこと。また、「播磨国風土記」(およそ713年〜15年)にも聖徳王と表記されていることを挙げられ、これらが明らかに日本書紀よりも古い聖徳太子の実在を示す史料であり、日本書紀の編者がでっちあげたという議論はとても成り立たないことを示されました。
高森:「大山氏の方法論の致命的な欠陥は、「日本書紀以前に確実な史料がなければ、日本書紀に描かれた人物であっても虚構だ」、と言っていることです。日本書紀や古事記に遡る確実な史料によって裏付けられるような人物はほとんどいません。諸史料を否定した上でどういう歴史像を代案として出すのか。蘇我馬子もいなかった、物部守屋もいなかった、あれもこれもいなかった…その先をぜひお聞かせ頂きたい。なぜこのような議論が出てくるのでしょう。歴史を人間の学問として捉えようとしない社会科学偏重、あるいは社会科学信仰のような思いこみがまず前提になって天才・卓越した人物というのは歴史上存在するはずがないのだ、という天才・英雄を否定する心の持ち方が前提になっているのだろうと思います。これらの背景があって聖徳太子虚構説が出てきたのではないでしょうか。」
聖徳太子の歴史的な意義をどのように捉えるのか、については、冊封体制の服属国・日本が大帝国・随に対し全く対等の関係になろうとしたこと。また、初めて日本に官位の制度が設けられた冠位十二階と憲法17条を定められ、特定の集団・階層・豪族達の利益を代弁するのではなく、日本社会全体の利益を第一義とするのが国家の大切な使命である、という公(おおやけ)の観念、理念というものが形成される起点を示したことを語られました。
また、高森理事は対論の中で、現在全国の中学校で使われている歴史教科書の中で聖徳太子がどのように扱われているかについて、「隋の脅威が東アジアの世界に大きなインパクトを与えた」「6世紀の日本において豪族の深刻な対立・抗争があり、物部氏の決定的な敗北によって蘇我氏が大きな権力を握った」「対外的な対等外交への姿勢」「初めて日本が東アジア世界の中で自立した国家としての道を歩み始め、公共性に配慮した国づくりへを本格化していった」「仏教の受け入れと在来文化との関係」という5つのポイントを挙げられ、各社教科書の比較をされました。これらの視点から見ると、扶桑社以外の教科書には十分な記述がなく、聖徳太子の歴史的意義がきっちりと描きこまれていないため、その後の古代国家の建設と、その枠組みを残しながら中世、近世へと展開し、近代に至ってもう一度古代国家をモデルに近代統一国家が歴史に登場してくるという流れが不鮮明になり、日本の歴史を統一した視点で見通す足がかりを失ってしまう、とまとめられました。
最後に、藤岡副会長が、大山説を丸ごと取り入れた日本書籍がシェアを激減させたことにより聖徳太子虚構説は今後教科書には登場しないだろう、と予測。それに対して高森理事は、聖徳太子を小さな存在にすげ替えるような流れが出てくる可能性を危惧されていました。また、学校においては聖徳太子と蘇我氏との関係、仏教の信仰などの背景に触れていくように教えられれば、歴史はもっと面白くなるのではないか、と提言されました。
こうして聖徳太子をめぐる第一回の講義は終了。熱のこもった内容に参加者からは「良かった」との声が多数聞かれました。これから秋まで続く本講座が楽しみです。 |