第3回 6月8日(土) 講 師
第1部 「日本の知識人」 坂本多加雄/故
第2部 「日本の神々と伊勢神宮、
そして仏教」
田中英道
他では聞くことのできない貴重な証言の数々
 4月より開講した「歴史・文化塾」も3回を数え、田中英道会長の連続講座も佳境に入ってまいりました。第2回は本会理事の伊藤隆・政策研究大学院大学教授が「昭和史を語る」と題して「つくる会」のシンポなどでは触れることの少ない近現代史研究の第一人者としてのお話を伺うことができました。

 話の冒頭、各界で公の仕事をなされた方の口述記録(オーラルヒストリー)を数年かけてインタビューし、記録として残していくという気の遠くなるような作業を若い人と組んで続けていることを紹介されました。

 具体的に、最近では戦後の教育委員会制度が作られた際に大きな役割を果たした文部官僚の天城勲氏のインタビューをやっと終え、その最後に氏が「占領期のアメリカによる指令によってたえず苦しめられた。そのことが今考えてもくやしい」と話されたというエピソードなど、貴重な昭和史の証言を伺いました。また、戦前の新体制運動がいかに水面下で共産主義の影響を受けていたかなど、驚くべき事実も披露されました。

 インタビューされる方も戦前・戦中派でご高齢のため、時間との勝負であり、後世のために記録を残すという大事な仕事に骨身を削られている姿に頭が下がります。

第3回はやはり本会理事の坂本多加雄・学習院大学教授が「日本の知識人」というテーマで話されました。坂本先生も「歴史・文化塾」というテーマに合わせ、通常の「つくる会」では話されない内容をと、専門の政治思想史の立場から語られました。
 
「知識人」という言葉の発祥から始まって明治期の文学者の言葉に表れた思想の変化を語り、その後のマルクス主義の影響を経て、今では高度に専門性が発達したことにより「知識人」という言葉自体のアイデンティティがなくなりつつある。しかし、「いかに生きるべきか」=「思想」については健全な「常識」を思想化する努力が「知識人」に求められているのではないか、教科書運動もその一環であれたら、とのご提案がありました。

 田中会長の「世界に誇る日本文化の歴史」は第2回で「前方後円墳の時代」、第3回で「日本の神々と伊勢神宮、そして仏教」という内容で、4〜5世紀の前方後円墳はその時代に統一国家が存在したという表れ。また、記・紀神話の中に記される神々は偶像化されていないが、仏教は最初から仏像とともに日本に入ってきた。それは、日本の神々の偶像禁止に対し、仏像を作ることにより、その形象化の役割を果たしたのではないか、ということなどをスライドを使いつつ、熱心に語られました。(『史』平成14年7月号(通巻33号)より)