歴史・文化塾も中盤に差し掛かり、田中会長の講座も『国民の芸術』発刊を機にいよいよ佳境に入ってまいりました。
第5回は高森明勅・国学院大学講師(当会理事)が「『日本』のはじめ」と題して、「日本」という名のはじまり、大和朝廷の起こり、倭国の起源という3つの論点に沿って話されました。
まず、日本という国は、世界の中で唯一、古代からずっと国家がつながっている事を指摘。そして、「日本」という名は702(大宝2年遣唐使が伝えており、また、大宝令の中に日本という国名が見られるが、実際はもう少し遡る689(持統3)年の浄御原令で制定された。
次に、大和朝廷の起こりは古墳が登場する3世紀の半ばで、そうすると、邪馬台国の卑弥呼が亡くなったのが247ないし248年なので、大和朝廷とつながっている。
また、倭国の政治的まとまりは2世紀(西暦107年)の後漢書安帝本紀と倭伝に表れる。という3点を明快に解説しつつ、教科書との関連にも触れながら古代史が現前されるように語ってくださいました。
第6回は中西輝政・京都大学教授(当会理事)、テーマは「国家とは何か――その理念と戦略」。中西先生は冒頭「つくる会」歴史・文化塾ということで、とても張り切って臨んだと言われ、その意気込みが参加者に伝わる大局的な見地からのお話でした。
今回の小泉首相の訪朝は、戦後日本人の多くが持っていた誤った座標軸を問い直すきっかけであると位置づけ、アメリカ・ブッシュ政権の強い姿勢を通し、秩序・安全維持のためには政治の場における力が不可欠であるということを明確にしたこと。また、北朝鮮に対しては、人権問題・政治問題を突き付け、体制変換を求めていかなければならないこと。そして、日本人の戦後的常識を清算し、日本は国家について考えるべき時期に来ていること。この3つの論点を中心に話されました。また、今回のテーマでもある「国家とは何か」について、国家の命は歴史と文化である、理念はその考え方、心であると、今の日本の姿を明らかにしつつ語られました。
田中会長は、第5回「日本の『古典』時代の重要性」と題して、文化人類学者のレヴィ・ストロースを引用しながら、文字は文化・文明の象徴ではない。日本は文字が記録される以前の長い縄文・弥生という口承文化があり、文字ができたのは法律や規則や契約書を作るための必要性から口承言語を漢語にあてはめた。そして飛鳥・天平・平安という豊かな時代が生まれ、近代において本居宣長や平田篤胤がその時代を日本の古典として求めたと、スライドを使って話されました。
第6回は「光源氏は大画家だった」という『国民の芸術』で取り上げたテーマでした。
冒頭、自分の最初の評論は『三田文学』に江藤淳論を書いたが、三島由紀夫が亡くなったことをきっかけに、文学から美術の世界に行ってしまったというエピソードなどを開陳されながら、源氏物語の絵合の巻で宮廷の人々が絵の上手を競い合う描写を通し、和歌だけではなく絵画も盛んであったという側面にも注目すべきと訴えられました。(『史』平成14年11月号(通巻35号)より) |