第7回 11月9日(土) 講 師
第1部 「日本文化の感性とジェンダーフリー教育」 高橋史朗
第2部 --- ---
ジェンダーフリーから外交まで幅広いテーマの講座
 平成14年11月9日、「歴史・文化塾」の第7回は、お馴染みといった雰囲気の星陵会館において「日本文化の感性とジェンダーフリー教育」と題する高橋史朗、明星大学教授(当会副会長)の講座が行われました。

 この時期は文科省による中教審の中間答申があり教育基本法改正の論議が盛り上がっていましたが、高橋先生は講義の冒頭で「今の中教審の委員には日教組の委員もはいっており、愛国心という一つにも一々ことわり書きを付けなくてはいけない、偏狭なナショナリズムと健全な愛国心は当然違うのであって、それを同じものとする、このような国がどこにあるのか」と問題提起されました。

 続いて、占領下の昭和21年に制定された教育基本法は、占領政策として日本の歴史と文化を否定し、愛国心を否定するという方針の下でつくられたのに、未だにその呪縛に囚われている日本の現状を指摘されました。

 後半は男女共同参画基本法より派生しているジェンダーフリーの問題を取り上げ、性を区別することと性を差別することは違う。男らしさ、女らしさは脳の発達により違いがあり、性差の否定は真の男女平等ではない、と科学的根拠を引き合いに出しつつ話されました。

 また、日本文化についても外国人の日本文化論を提示しながら、日本人自身が自国の歴史文化をどう認識しているか、という文化論、教育とは次世代にバトンを渡すこと、縦の連続性と横の連帯感、他律から自律へ導き、その先に自立があるという教育論を展開しつつ、今の教育の問題点とその原因を論理的に整理し明確にされました。


 第8回は、平成14年12月7日「外交不在の日本」と題する田久保忠衛、杏林大学教授(当会理事)の講座でした。

 いつもながらの明快な口調で、「外交力とは軍事力・経済力・技術力・情報力プラス品格であり、その中で最も重要なものは軍事力である。日本は政治・経済はニ流、三流だが、軍事力は零で、国を守る気が消えている。自衛隊は国内では軍隊ではないが、国際法上は軍隊であるなどと訳のわからないことをいっている。外交の根本が欠けているのはこの点である」とご指摘。

 さらに先生は「このことを30年来言い続けてきたが、有事法制というだけで軍国主義と言われ批判されてきた。しかし、今後10年20年かかっても有事法制は整備しなければならない。口だけノーと言っても駄目。対等の安保条約を目指すべきだ」と述べられ、批判を受けながらも屈することなく主張されてきた田久保先生の終始一貰した姿勢にあらためて敬服しました。

 また、戦後、吉田茂首相の顧問であった辰巳栄一氏が憲法改正と再軍備を提案したが、吉田茂は「今はその時期ではない、しかし時が来たらやらなければならない」と言っていたにも拘わらず、そのままで50何年も経ってしまった。途中、安保騒動などの影響により、普通の民主主義国が持っている軍事力さえ持つことができないでいる日本の状況に対し、集団的自衛権の行使、憲法九条改正は日本の自主独立のために必要なのだ、と明言されました。

 田中会長の連続講座の第7回は、「鎌倉文化も世界的な価値をもっている」のテーマで行われました。
 「日本の中世には自然と調和した文化があり、それがだんだんと様式美となり、人間性の発展が見られた。運慶が作った無着・世親像を見ても形一つでアイデンティティを表現している。表現の質の高さ、観察力の深さがあり、襞の一つ一つに芸術家の思想が表れている」と指摘されました。

 また、「日本人に体系的な哲学、思想はないと言われているが、しかし、それは書かれたものにそれがないというに過ぎない。日本の芸術表現の卓越性はつとに話られており、この芸術というものは思想、宗教と無関係ではない」と強調されました。

 そして、「鎌倉においては新仏教が起こったとされているが、それは経典が新しいのではなく、精神が新しいのであって、それは運慶、湛慶、定慶の作った像の新しさにあらわれている」という視点を提示されました。

 第8回は「能楽に現れた日本の神々」というテーマで、世阿弥が『風姿花伝』の中で、天照大神が天の岩戸に籠られた時に天の鈿女が神懸りして舞ったのが申楽の始めという文章を紹介しながら、室町時代に起こった能が芸術としての形式を、ある時代に終わらせずに継続して今に到っているということ、室町時代の感受性を連続して今日でも持っていることなど、能にあらわれた形象としての日本文化について語られました。

 また、能に関連して、狂言の「昆布売り」を紹介しながら、日本は武士や庶民が階級として存在するのではなく、役割として存在しており、西洋のように画一化しては見られない、などユニークな観点からのお話も何うことができました。(『史』平成15年3月号(通巻37号)より)