第1回、奈良・京都研修旅行記
”日本の美”を再発見
平成13年10月31日〜11月2日実施
 

 当会は第四回定期総会において、新会長に田中英道理事を選出するとともに、今後の新たな方針を打ち出した。その一つが「日本文化の再発見・再認識運動」だ。
 奈良・京都への「日本文化の故郷”奈良・京都の美を訪ねて”研修旅行」はその実施第一弾として計画されたもので、短期間の準備にもかかわらず二十九名が参加。田中会長自らが解説しつつ案内して二晩にわたって講演、また、西尾幹二名誉会長も講演し、さらに藤岡信勝副会長、八木秀次理事、古賀正、富樫信子両監事も参加する豪華な旅となった。
 十月三十一日、研修旅行は田中会長の挨拶からはじまった。
 「お早うございます。これから奈良、京都の有名なお寺に参ります。何を今さら案内かと思われるかもしれませんが、私はこの二つの古都を、日本の古都としてではなく、世界の古都として最も密度の高い芸術都市として見ることからはじめます」
 絶好の旅日和の中、東京駅集合班の十六名と京都駅集合班の九名が合流、京都駅からバスが走り出すや否や田中会長がマイクを握った。まずは、旅行全体の説明。
 「まず法隆寺。聖徳太子創建の寺で、現存する世界最古の木造建築。ギリシャのパルテノン神殿と同様の…」
 「宇治の平等院は、建築だけでなく、五十二体の雲中供養菩薩がオーケストラを奏でている」
 「京都では三十三間堂。二十八部衆が素晴らしい。中でも堪慶の『婆藪仙人像』『摩和羅女像』はみごとで…」
 「これらの仏像の再発見が、古代の日本人の希望と晴朗さ、刻苦に満ちた姿、叱声と励ましを感じさせるはず。その意味でこの旅は、日本人の本当の顔との再会の旅となるだろう」
 奈良に着くまでの一時間、田中会長は立ちっぱなしで熱っぽく語りかけた。バスは瞬く間に奈良に着いた。
 昼食後、ただちに法隆寺へ。南大門を入り、中門へ歩くにつれ、五重塔が次第に沈んでいく。斑鳩の里の雲ひとつない青空がとても美しい。中門の左右に控える阿吽像を観た後、五重塔へ。その四面には、仏教伝説の有名な場面がまるで芝居の場面のように構成されている。とくに北面、釈迦の涅槃像を囲む弟子たちの悲しんでいる姿が小さな塑像となって置かれている。金網が反射して少し見づらいのが残念だ。金堂で釈迦三尊像、大宝蔵院で百済観音像、夢殿で救世観音像を観ながら、一行はゆっくりと歩を進めた。最高の気分だ。
 新薬師寺に到着したのは、夕闇せまる四時三十分。散りかけた萩がひっそりと取り囲む小さな寺が私たちを迎えてくれた。ここは、特別許可でビデオ撮影OK。薬師如来像を囲むように立つ十二神将像の一体一体を、田中会長の説明を聞きながらじっくりと見る。表情がとても豊かなのがよくわかる。
 宿泊先の三井ガーデンホテル奈良に到着したのは午後六時、すっかり夜の帳がおりていた。ここで奈良支部の皆さん三名が合流した。休む間もなく講演会。
 まず、西尾名誉会長が登壇。前日に訪れた伊勢神宮の式年遷宮のことを紹介しながら、神道の形を伝えてきた文化について西尾節を語る。そして、今日見てきたばかりの法隆寺五重塔の塑像の表情をOHPで大写しにして、表現の豊かさに驚いたこと等を話す。次いで、田中会長。スライドを使って一時間の熱演。神道の人間観も神仏融合の仏像にあらわされているという。時間を忘れて田中節を堪能した。引き続き懇親会。西尾名誉会長も、お酒が入って上機嫌だ。
 二日目は、九時前に興福寺着。今日も上天気だ。掃除の最中だったが、北円堂では時間前に入れてくれた。特別拝観の無着・世親像が静かな表情で佇んでいる。どっしりとした重量感の五重塔を過ぎて東金堂に入る。ここでは維摩居士坐像がいい。
 外に出ると、修学旅行の女子高校生の一行が来ていた。北海道から来たのだという。かわいいさかりだ。
 国宝館では、この女子高校生たちと一緒になった。私たちは田中会長の説明を聞きながら、一体一体を丁寧に見て行く。一時間かかった。一方、女子高校生たちはたったの十分。修学旅行の問題点を目の当たりにした。ここでは、念願の阿修羅像とついに対面。キリッとした良い顔立ちだ。
 東大寺には十一時に到着。南大門を入って大仏殿、戒壇院、法華堂と回った。大仏殿は、修学旅行の生徒、観光旅行客で溢れていた。何よりその大きさに圧倒される。戒壇院に回ると、旅行者はすっかり少なくなった。ここでは何よりも四天王立像がお目当て。中でも広目天像がいい。何よりも聖武天皇の立案された東大寺に、広目天のように筆と書物をもって日本を統治ふする思想があったことを田中会長は力説された。三月堂では不空羂索観音像と日光・月光菩薩像が静かに佇んでいた。日本の「古典」とはこのようなものだ。
 午後三時、平等院着。池の向こうに鳳凰堂がある。鳳凰が羽を広げたように美しい。宝物は新しく建てられた鳳翔館に移されていた。お目当ての二十六体の雲中供養菩薩像もこちらに移されている。このため、すぐ近くでじっくりと観ることができた。田中会長の説明のとおり、様々な楽器を抱えた菩薩たちが楽しい。千年前のオーケストラだ。
 あまりの楽しさに、ここでの研修は自動的に三十分延長。ために、宿泊先の京都ホテル到着は三十分遅れの午後六時となってしまった。
 チェックインのあと直ちに田中会長の講演。スライドを使っての講演は時間を過ぎても終わらない。「つくる会」の教科書が日本の原点に立ち返るべきと力説。結局、一時間を越え、一同、そのスタミナと情熱に驚かされ熱心に聞き入った。
 最後の夜は、十七階の窓から鴨川を眼下にしながらのバイキング。参加者一人ひとりが感想を述べあい、京都の夜を満喫。
 研修三日目も上天気。三日連続で快晴だ。九時にホテルを出発。鴨川に舞う千鳥を見ながら三十三間堂へ。
 千一体の金色の千手観音像が鮮やかだ。これを守るように立ち並ぶ二十八部衆。ここでも田中会長が一体ずつ像の前で立ぢ止まって説明。ひとつひとつの像の表情が動いている。婆藪仙人像と摩和羅女像の説明にはとくに力が入っていた。
 十時に六波羅密寺着。ここが今同の研修旅行の最終地。開祖・空也の像が目的だ。鐘を叩きながら南無阿弥陀仏と唱えて町を歩いたあの空也の像だ。小さな像だが、表情が力強い。
 十二時に京都駅へ。ここで京都駅集合班は解散。東京駅集合班は新幹線で一路東京へ。
 次の日、参加した東京支部の松本支部長から次のような感想が届けられていた。
 「このたびは田中会長のご解説のもと、奈良、京都に古仏、古像の名作を鑑賞する研修旅行に参加させていただき、ありがとうございました。舞台は量局、季節も天気も最高、そして、西尾先生、藤岡先生にも親しくお話を承りながら歴史の回廊をお供させていただいた…精神の賛沢ここに尽きる、まさに夢のような三日間でありました」

第2回、奈良・京都研修旅行記
日本人の祖先と出会える醍醐味を堪能
平成14年4月30日〜5月2日実施
 去る四月三十日から五月二日にかけ、第二回「日本の美を訪ねて」の研修旅行が行われた。参加者は、前回を上回る定員一杯の四十名。本会の高橋史朗副会長ご夫妻も初参加。
 今回のお目当ては、大仏開眼千二百五十年を記念して奈良国立博物館で開催の「東大寺のすべて」の拝観で、日光・月光菩薩像などを間近に見ることができ、三月堂では彩色も鮮やかな執金剛神立像の特別拝観、興福寺の北円堂でも無着・世親像の特別拝観がある。事務局から送付の資料に目を通しながら、期待は否が応にもふくらむ。
 第、一日目の四月三十日。午前十一時、集合した京都駅より観光バスにて奈良に向かう。その間、約ニ時間。走り出して間もなく田中会長が解説を始められた。
 冒頭「昨日まで仙台で学会があり少し疲れている」ということだったが、「この旅は日本人の祖先と出会うということをわかっていただく旅」と、研修旅行の意義から説き起こし、その後、仏の語源や法隆寺について解説されたあたりから興が乗ってきたようで、法隆寺に着くまで滔々と薀蓄を傾けられた。
 時間節約のため車中で昼食後、法隆寺へ。南大門をくぐると「微妙な稜線の美しさがすごい」と解説された五重塔が見えてくる。田中会長の解説を聴きつつ拝観するのだが、金堂、大講堂、そして大宝蔵院へ回ると、そこに百済観音像が佇んでいた。「世界に誇る傑作。美として作ろうとしていることを見落とさないように」と強調。その後、夢殿、中宮寺と回り、次に向かうは新薬師寺。ここはあまり人が訪れない。たっぷりと観賞する。
 夕刻、宿舎の三井ガーデンホテル着。すぐに田中会長の一時間半ほどのスライド講演。そして懇親会。
 翌五月一日、いよいよお目当ての奈良国立博物館へ。日光・月光菩薩像の前では「襞の自然さ、写実力が見物」と解説。ともかく、良弁僧正坐像、重源上人坐像など総数ニ百五件もの作品のうち、百十件余が国宝及び重要文化財というのだから、時間はいくらあっても足りない。約一時間ほどで東大寺へ。戒壇院の四天王像、そして、三月堂で執金剛神立像の特別拝観。昼食をはさんで興福寺へ。
 興福寺では北円堂の無着・世親像だ。東金堂を経て国宝館へ至り、金剛力士像や阿修羅像、須菩提像などを拝観。
 その後、京都・宇治の平等院へ。約一時間遅れの四時近くに着き、最後の拝観となったが、修学旅行の趣とまったく違うのは田中会長の解説が効いているからだろう。
 京都の宿はサンルート京都。田史会長は疲れも見せず一時間半のスライド講演。これが為になる。夕食は、三々五々、各自でとる。
 最終日の五月二日、まず六波羅密寺へ。空也上人像などを手の届くところに安置している。次の、三十三間堂でも、摩和羅女像や婆藪仙人像も間近にあり、田中会長の解説を聴きつつ巡ることで、写真を見ただけでは決して味わえない、父祖の足元に確かに触れえたような醍醐味を堪能した次第である。

第1回/『史』平成13年11月(通巻29号)より
第2回/『史』平成14年7月(通巻33号)より

第6回、奈良・京都研修旅行記
平成15年10月31日〜11月2日実施
 日本人の心のふるさと /皇學館大学助教授 新田均

「“日本の美”などといわれても、正直いって、よく分からない」と、ずっと思っていた。
 そんな私が、11月のはじめ、古都の美をたずねる、「新しい歴史教科書をつくる会」主催の奈良・京都旅行に参加した。美術史の世界的権威である田中英道・東北大大学院教授がえりすぐった逸品だけを、田中氏自らの案内でめぐる、という企画だった。「本当に良いものを見れば、だれだって感動するよ」という誘い文句に、「もしかしたら、私でも…」と思ったからだ。
 めぐった所、見たものは、法隆寺の金堂・五重の塔・百済観音、新薬師寺の十二神将、興福寺の八部衆・十大弟子・金剛力士・十二神将・無著世親、東大寺の四天王・不空羂索観音・日光月光菩薩、平等院の鳳凰堂・雲中供養菩薩、六波羅蜜寺の空也上人・平清盛、三十三間堂の二十八部衆(婆薮仙人や摩和羅女ほか)など。
 確かに感動した。一流のものをだけを、一流の見方を教えられて眺めれば、意識の底に眠っている美を感じる心が目を覚ます。伽藍を歩む一歩ごとに姿を変える法隆寺金堂と五重の塔、その絶妙バランス。怒りという感情を美にまで高めた十二将たち。老いの持つ奥深さを宿した婆薮仙人や摩和羅女。古代の日本に、これほど精密で、精神性と個性に富んだ美の表現があったとは…。
 じっと立ち止まって、そんな感慨にふけっている私たちの傍らを、ぞろぞろと多数の修学旅行生たちが通り過ぎていった。良いものを拙いものとの区別を教えられず、ただ古いものがいっぱい並んでいる前を、数珠つなぎになって。彼らの心に、以前の私のような偏見が埋め込まれなければよいのだが…、と思った瞬間、まったく別の思いがこみ上げてきた。
 偏見を持とうが、どうしようが、ともかく私は、強制的にでも、古いもの、良いものに接する経験を学校によって与えられた。だからこそ、今、改めて古都を訪れてみようと考えることもできた。しかし、修学旅行がスキーだったり、ディズニーランドだったりする子供たちは、その機会すら与えられないままに大人になっていく。
 それは「日本の心のふるさと」を自称する伊勢にとっても、けっして他人事ではないだろう。「心のふるさと」が、むなしい絵空事に聞こえる時代が、もうすぐそこまで来ている。(なお、田中英道氏が古都の美術品をランクづけした本『古都の美をめぐる』が扶桑社から発売されている)。
【産経新聞三重県版・平成15年11月22日掲載「心のシンフォニー」より】

 奈良、京都を廻る旅は小学校6年生の修学旅行以来である。が今回は内容と言い、質的に全く次元の違う研修旅行、目からうろこの3日間だった。田中英道先生に導かれて、法隆寺、興福寺、東大寺と次々廻りながらその建築の素晴らしさ、仏像の見方感じ方を「気韻生動」の視点からお聞きするうちに、先生が五つ星と評価され「世界の至宝」と評価されている四天王立像、観音菩薩立像阿修羅像、不空絹索立像・・・次々と大空に輝く綺羅星を見るが如く、その尊さが迫ってくるようだった。中でもモナリザに劣らぬ美しさをたたえていると評価される摩和羅女像は私も共感したし、空也上人像も素晴らしい。そのような感性が自身のなかにあることに気がついたことも、ちょっとした発見だった。田中先生も言われていたが、これらの至宝が略奪を免れて外国に持ち出されることなくわれわれ日本人の手の中にあることは何と幸せなことであろうか!しかし新薬師寺の仏像群に象徴される如く値の付けられぬほどの価値高い物が、十分な保護も加えられない状況にあること、日本人が文化価値の尊さを見失ってしまっている現実も思わざるを得なかった。兎に角田中先生の講義も毎回あって、同行された田久保先生や新田先生との二次会のおまけもあり贅沢な旅行だった。大仏開眼成らぬ、己の目が開かれる旅行だった。( 東京都・Kさん)

やはり本物の芸術作品を見なければ!/ 実に素晴らしい3日間の旅でした。総花的に見るのでなく、一点集中主義的見方で、いいものだけを見てきました。逆説的ですが、くだらないものを見ていると「目が穢れる」と思えるほど絶品の数々にめぐり合って、立ち竦んでは、心を奪われ、そして心が洗われました。阿弥陀如来等の諸像のような形式主義の美とは違って、人間に近い像。それも人間的でありながら、人間性を超越し、止揚して、高貴な品性と精神性を醸し出している諸像が、肖像彫刻が、数多あったのです。それも千数百年前の仏師達が作ったものです。まさに古代日本人の作った数々の作品の素晴らしさをこの目で見て、その表情を脳裏に叩き込んで帰ってまいりました。何時か、この記憶が花ひらく時もありましょう。日本人の感受性の素晴らしさ!その血が我DNAのなかにも刷り込まれていると思うと嬉しくなりました。いや帰宅してからの2、3日、心身が軽くなって浄土を彷徨っている気分でした。ご案内いただきました田中英道先生、まことに有難うございました。(神奈川県・Mさん)