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本年、学生の論文指導に関連して、東京書籍版中学校歴史教科書の幕末期の単元(「外国船の接近と天保の改革」「開国と不平等条約」「江戸幕府の滅亡」の3単元)を分析する機会があった。もし、お手元に東書教科書があれば、これらの単元を通読してみていただきたい。そこから学習者は何を学ぶと予想されるだろうか。
私の見解では、予想される学習内容は、端的に言えば《江戸幕府は一揆で滅んだ》というものである。このような学習内容の成立に向けて、単元ごとに周到な仕掛けが見て取れるのである。以下、それを見ていこう。
「外国船の接近と天保の改革」では、冒頭で、外国船の接近とそれへの幕府の対応(外国船打払令)が述べられる。しかし、以降の記述では、単元分量の約3分の2を用いて大塩の乱と天保の改革が述べられる。
「開国と不平等条約」では、ペリー来航、日米和親条約の締結、日米修好通商条約の締結と同条約の不平等性が述べられる。しかし、以降の記述では、単元分量の約3分の1を用いて開国による経済の混乱が述べられ、単元の最後では、「このようななかで、武士や庶民は、幕府に対する反感を強めていきました」と記述される。
「江戸幕府の滅亡」では、尊王攘夷運動の高まり、長州藩、薩摩藩の倒幕への動きの記述の後、「このころ、全国で世直しを期待して一揆がおこり、1867年には『ええじゃないか』と言って人々が熱狂するさわぎが、各地で流行しました」と記述され、改行して「このような情勢のなかで、将軍となった徳川慶喜は、政権を朝廷に返しました。これを大政奉還といいます。こうして、約260年間続いた江戸幕府はたおれました」と続く。
このように、東書教科書の記述は、国際環境よりも内政事象、特に《経済》と《民衆》を重視する記述となっている。「開国と不平等条約」「江戸幕府の滅亡」の2単元では、幕府崩壊に至る過程として、《開国→経済の混乱→民衆の不満と行動→幕府崩壊》という因果関係が強調される。開国はあくまで引き金であり、民衆の不満と行動が幕府崩壊の直接原因という記述である。ここに見られるのは、明らかに、政治的変動の要因を「下部構造」に求め、権力は民衆によって倒されるとするマルクス主義講座派史学の図式である。
幕末期は、外的要因が政治機構そのものの崩壊と交代をもたらした。日本史上、国際環境が決定的重要性をもった時期である。しかし、東書教科書は、この時期をも、あくまで権力対民衆という内向きの図式で描き、国際環境を背景化する。このような教科書で学ぶ限り、日本国民に、国際環境を見据え自国の外交意思決定を担う資質が育成されることはありえないであろう。 |