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平成16年12月19日(日)
高橋氏の教育委員任命に法的問題は皆無
拓殖大学教授 藤岡信勝 |
埼玉新聞によれば、県内の一部の学者などが、高橋史朗・明星大学教授の県教育委員への任命に関して、同氏が『新しい歴史教科書』(扶桑社)の監修者であったことをもって「法的に問題がある」と主張している。これは全くの謬論である。教科書の執筆者は教育委員になってはいけない、などという法律はどこにもない。現実に、私の住んでいる東京都文京区でも、教育委員の上智大学教授・猪口邦子氏は教育出版の中学校社会科教科書の執筆者で、しかも文京区ではその教育出版の歴史教科書が三年前に採択されている。どの新聞もどの団体もこれを問題視したことはなく、また問題にすべきではない。同様の例はいくらでもある。
高橋氏の任命に反対している人たちは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第十三条第五項の規定、すなわち、「教育委員会の委員は、自己、配偶者若しくは三親等以内の親族の一身上に関する事件又は自己若しくはこれらの者の従事する業務に直接の利害関係のある事件については、その議事に参与することができない」という条文に違反すると主張している。しかし、第十三条は教育委員会の会議の持ち方を規定したもので、教育委員の任命とは無関係である。むしろ、教育委員に教科書の執筆者がいる場合などを前提にして、「議事に参与」しないことを定めたものに過ぎない。文京区でも中学校社会科の採択の議事に限り、猪口氏は一時退席している。
ところで高橋氏は、来年度採択される教科書には執筆者としても監修者としても全く関与していないから、もともと右の議論の前提自体が存在しない。任用に反対している学者は、教育行政などを専門とする人々で、こんなことは百も承知の上で、県民をだましていることになる。特定の教科書に反対するために権威を悪用するのは学者にあるまじき行為である。 |
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平成16年12月22日(水)
法律を読まずに書いた反論にならない迷論
拓殖大学教授 藤岡信勝 |
埼玉新聞十二月十九日付の小論に対する二十日付の保坂和雄氏の反論を読んだ。その論は反論になっていないのみならず全くの誤りなので、本紙の名誉のためにも一言する必要を感じ再び紙面を頂いた。まず、保坂氏は、猪口氏とは違って高橋史朗氏は悪い教科書を書いているから「同列にとらえ」てはならないという趣旨のことを書いている。自分の気に入らない主張の持ち主が教育委員になるのは法に抵触すると言っているだけであり、論外だ。
唯一の論点は、「民間教育臨調」の役員だった高橋氏の活動が、「教育委員の政治活動などを禁じた『地教行法』第十一条五項に明白に抵触する」というものである。これは、「政治活動」の概念を誤解した全くの誤りである。第十一条五項は、「委員は、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない」というもので、ここで「政治運動」とは政権をめざす政党の、特に選挙運動をさしている。民間教育臨調は政党ではないから、ここでいう「政治運動」には当たらない。もし保坂氏の論が正しければ、国立市の教育委員でありながら「教育科学研究会」の役員をしていた埼玉大学の安藤聡彦助教授は、罷免されていたはずである。
そもそも、地教行法第十一条は、教育委員に任命されたあとの「服務」を規定した条文で、任命とは無関係だ。「任命」の要件は、同法第四条に「委員の任命については、そのうち三人以上が同一の政党に所属することとなってはならない」という制約があるだけなのだ。ご覧のとおり、教育委員は政党の党員であってもなれるのだ。ただし、なったあとは、政党の役員になってはならないなどの服務規程があるだけなのだ。これを知ったら、保坂氏はひっくりかえるほどびっくりするかも知れない。氏が一度も地教行法を読んだことがないことは確実で、高橋氏の任命反対のためにこね上げた、反論にならない迷論である。 |
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平成16年12月30日(木)
論点を理解しない者は論争参加の資格なし
拓殖大学教授 藤岡信勝 |
私は本紙への過去二回の寄稿(十九日付と二十二日付)で、「高橋史朗氏の県教育委員任命が法に抵触する」との謬論を批判し次の三点を明示した。(1)教科書の執筆者が教育委員になってはいけないという法律はどこにもない。実際、執筆者で教育委員になっている例がいくらでもある。(2)教育委員が「利害関係」をもつ事案の「議事に参与」しないとの規定(地教行法第十三条五項)は、教育委員会の会議のやり方を定めたもので、教育委員の任命とは無関係だ。(3)教育委員の任命については、「三人以上が同一の政党に所属することとなってはならない」(地教行法第四条)、とするのが唯一の制約である。教科書の利害関係者でなく、どの政党の党員でもない高橋氏の任命に法的問題は皆無である。
埼玉大学教授の林量俶氏は二十五日付本紙に私への「反論」を寄稿したが、反論の体をなしていない。林氏は、埼玉県教育長が平成十三年六月七日付で市町村の教育長あてに出した、「教科用図書の編著作者ないし編著作に関与した者は、教科用図書の選定、採択に関与し、又はその指導を行わないこと」とする通知を引用した。しかし、それで何を言いたいのかさっぱりわからない。これは、教科書採択の際に一時的に任命される調査員や選定審議会委員の人選に関する当たり前の通知で、教育委員の任命とは無関係である。林氏の専門は教育法学だが、これで高橋氏の任命が違法になると思っているとしたら、その専門性が疑われる。
林氏は二十日の県議会の裏の経過を自分たちに都合よく描き、「これらの事実に全く口をぬぐっている」と私を非難する。それは私が知りようもないことで、本紙のデスク氏もご存じなかった。当事者しか知り得ないことを万人が知っていると思いこむのは笑うべき主観主義である。この件の詳論は別の機会にするが、教育委員の任命を左右する問題でないことだけは確かだ。また、林氏は「つくる会」に関してスパイもどきの方法で入手したらしい情報を披瀝しているが、間違いだらけで、拙論への反論とは無関係な話題である。
結局、林氏は、私が提示した(1)〜(3)の論点のどれ一つとしてまともに取り組んでいない。論点が何かを理解できない人は論争に参加する資格がない。 |
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平成17年1月14日(金)
現代の魔女狩り 荒唐無稽な法解釈
拓殖大学教授 藤岡信勝 |
教育委員の任命を規定した地教行法第四条三項は、五人の教育委員のうち「三人以上が同一の政党に所属することとなってはならない」としている。なぜか。かつて教育委員が住民の直接選挙で選ばれていた時代に、日教組が組織動員して教育委員を送り込み、都道府県の教育委員の三十四%が教員で占められた時期があった。そのため例えば五人中三人が共産党員で占められると、共産党の決定をそのまま教育委員会の決定にすることができ、教育行政の政治的中立性が侵害される。
この苦い経験の上に立って現行法第四条の右の任命規定がある。逆に言うと、任命についてこれ以外の制約はない。教育委員といえども国民としての基本的な権利を奪われるわけではなく、政党に所属したり社会的に発言したり教科書を執筆したりすることは禁止されない。ただ、教育委員は政党の役員にはなれない、教科書の執筆者はその教科書が審議される会議に限り退席する、などの制約があるだけである。埼玉県の教育委員に就任した高橋史朗氏は、教科書の執筆者でもなくどの政党の党員でもないから、その任命に法的問題などあるはずがない。私は「一+一=二」という程度の自明のことを指摘しただけである。論争にも値しない。
保坂和雄、林量俶の両氏は私の三つの論点(本紙十二月三十日付)に一指もふれることができず、すでに完全に論破されたのに、くどくどと同じ発言を続け本紙の紙面を政治宣伝の場に利用した。嘘は繰り返しても真実にはならない。特に埼玉大学教授の林氏は、教科書の調査員の任命に関する一片の通知を、教科書採択以外にも無数の案件を処理する教育委員の身分の法的規定と取り違える愚論を展開しており、教育法学の資格が疑われる。「法解釈のイロハ」「法源」「総合的に考量」「法律の断片・字づら」「一知半解」などの言葉は、論理の破綻を専門家ぶった言葉使いで覆い隠すこけおどしで、極めて悪質である。林氏は「高橋史朗氏の教育委員任命を阻止するネットワーク」の呼びかけ人だが、気に入らない人物を排除する目的のために、荒唐無稽な法解釈を振り回して恥じない。林氏こそ「県民をだまそう」とするのはやめるべきだ。正当に選ばれた人物を衆を頼んで排斥するのは現代の魔女狩りである。 |