聖徳太子の名前を守ろう!

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「聖徳太子を守れ」の声、政界にも広がる
野党が国会質問、自民は部会で文科省が説明
「聖徳太子」復活の可能性が生まれる

聖徳太子の用語の扱いについて、国会では8日の衆議院文部科学委員会における笠浩史議員(民進党)の質問に続き、9日の参議院文教科学委員会でも、松沢成文議員(無所属)が、質問を行いました。松沢議員は「聖徳太子」他、いくつかの用語について疑問を呈し、松野博一文科大臣に見直しを求めました。
(動画→http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?ssp=28320&type=recordedLinkIcon

また、新しい歴史教科書をつくる会は、3月10日、自民党・教育再生実行本部本部長の櫻田義孝衆議院議員の事務所を訪問し、学習指導要領改訂案の問題点について、自民党として改善に取り組んでいただくよう申し入れを行いました。面談には高池勝彦会長、藤岡信勝副会長、越後俊太郎事務局長が出席。歴史については「聖徳太子」のほかの用語などについても問題があること、公民については、「家族」「地域社会」「公共の精神」を明記する必要性について説明しました。

これに対し櫻田議員は、まず「聖徳太子」の件については、パブリックコメントでも相当数の反発があると聞いているとのことで、22日の自民党文科部会で文科省側から経緯の聞き取りを行う予定であることを明らかにしました。また、それ以外の点についても、自民党として引き続きしっかり取り組むとの心強いお言葉をいただきました。

以上のように民間のみならず、「聖徳太子を守れ」の声は政界にも広がりをみせ、超党派で文科省を包囲する形になっています。学習指導要領が確定するのは3月末となりますが、期待ができる環境が整いつつあります。

まだパブリックコメントを出されていない会員、支援者の皆様にはぜひとも、文科省に声を届けていただきますよう、改めてお願いいたします(3月15日必着)。



<参考>当会が提出したパブリックコメント

【歴史】
①「厩戸王(聖徳太子)」の表記に反対
②「大和朝廷」⇒「大和政権」に反対
③「元寇」⇒「モンゴルの襲来」に反対
④「鎖国」の記述削除に反対
⑤「市民革命」に関して、「イギリス革命」の記述を入れるべき
⑥(学習指導要領の)「目標」を現行版に戻すべき
【公民】
①「目標」と「内容 A私たちと現代社会」について
・「公共の精神」「家族」「地域社会」の記述を盛り込むこと 
②「内容 C私たちと政治」について
   ・「国家と国民」という項目を置くべき ・三原則説を押し付けないこと
③「内容 D私たちと国際社会の諸課題」について
   ・「国益」を入れること

詳細はこちら

衆議院・文部科学委員会で「聖徳太子」質疑
笠浩史衆議院議員が松野博一文科相に改悪の見直しを求める



3月8日の衆議院・文部科学委員会で笠浩史衆議院議員(民進党)は、今般の文科省・学習指導要領改訂案の「聖徳太子」の記述について質疑を行いました。笠議員はその中で、聖徳太子の様々な功績を例示して「日本人の精神の支えであり、これを括弧扱いにすることなど歴史に対する冒涜である」としました。そして松野博一文科大臣に対して「後世に汚点を残すことになる」と強くその見直しを要求しました。松野大臣は、「国民の皆様からのパブリックコメントを踏まえ、3月末までに自身の責任で、学習指導要領を示す」と回答しました。

今回の質疑はテレビ朝日のネットニュースでも発信されており、「聖徳太子」の記述問題の社会的な関心度はさらに高まりました。今回の改悪案を必ず阻止すべく、当会としても3月末まで様々な働きかけを行っていきます。会員、支援者の皆様にはパブリックコメントの送付、関連諸団体の皆様には要望書の提出など、何卒、さらなるお力添えをお願いいたします。

歴史・公民の個別の問題点について
パブリックコメントを提出


新しい歴史教科書をつくる会は、3月7日の要望書提出に続き、8日に歴史・公民のそれぞれの個別の問題点について、パブリックコメントを提出しました(「聖徳太子」については既に提出済なのでそれ以外)。

「聖徳太子」以外にも今回の改訂案には看過できないものが多くあります。いずれも重要なものばかりですので、是非とも皆様には提出した下記コメントをご参照いただき、文科省にコメントをお送りください。*送付は論点1件につき1意見です。まとめて送ることはできません。


<歴史>
①「大和朝廷」を「大和政権」とする件について

以下の理由より反対します。これまで通り「大和朝廷」とすべきです。

用語的な意味において「朝廷」と「政権」に大きな違いはありません。それにもかかわらず、これまで定着してきた「朝廷」を変える理由がどこにも存在しません。これまで大和朝廷で学んだ多くの日本人との歴史用語に関する世代間の断絶を生みかねません。


②「元寇」を「モンゴルの襲来」とする件について

以下の理由より反対です。これまで通り「元寇」とすべきです。

「元寇」という名称は中華帝国による日本「侵略」という意味合いをもちます。ですから、「元寇」と表記することは、中華帝国に対峙する日本の国家意識を表すとともに、その対外膨張に対する警戒意識につながります。それを「モンゴルの襲来」へ転換すれば、この国家意識、警戒意識が解体されていくことになります。「モンゴルの襲来」への変更は、「目標」の(3)に掲げられている「我が国の歴史に対する愛情、国民としての自覚」を育成するのに相応しくない改訂だと捉えられます。


③「鎖国」の文言を削除した件について

以下の理由より反対です。現行版のように、「鎖国政策」「鎖国下の対外関係」と表現すべきです。 

1.「鎖国」という表現は、日本と外国との間で全く交流していなかった、江戸幕府も国際情勢についてほとんど知らなかった、といった錯覚を広げてきたというマイナスがあります。しかし、江戸時代には、現実に、日本人は海外に行けませんでしたし、外国からも基本的に日本に来ることができませんでした。江戸時代の外国人から見ても、日本人自身から見ても、「鎖国」という実態が実際に存在したのです。山本博文氏も「江戸時代の日本は鎖国をしていたのですか?」と設問し「歴史の流れを理解するためには、江戸時代の日本が『鎖国』と呼ばれるにふさわしい体制をとっていた、と考えた方がいいように思います」と述べています(『東大流 よみなおし日本史講義』PHP研究所)。ですから、歴史学の立場から言っても、「鎖国」という言葉をそのまま使い続ける方がよいと考えます。

2.さらに言えば、巨視的には、江戸幕府は、鎖国政策をとることによって植民地化の危険を回避したと捉えることができますし、維新政府は、逆に積極的開国政策をとり、次いで富国強兵政策をとることによって、植民地化の危機を逃れたのです。歴史の流れを大掴みするには、セットで使われてきた「鎖国」と「開国」という言葉をそのまま使い続ける方がよいと考えます。改訂案でも「開国」という言葉はそのまま使われていますから、「鎖国」という言葉だけを追放しようとするのはおかしなことです。そして、「目標」の(3)に掲げられている「我が国の歴史に対する愛情、国民としての自覚」を育成するためには、「鎖国」と「開国」を共に使い続けるのがよいと考えます。


④「市民革命」に関する記述について

日本の近代立憲君主制の見本であるイギリス革命の記述を入れてください。
「市民革命」について、初めて欧米の国名を挙げて取り上げるべき素材を例示したのですが、そこで挙げられているのはアメリカの独立革命とフランス革命であり、日本の近代立憲君主制の見本となったイギリスの市民革命が抜けています。自由主義的な市民革命観を脇に置いて、暴力革命を礼賛するかのような市民革命観を称揚する危険があります。


⑤(学習指導要領の)「目標」について

目標記述に混濁化と改悪が見られます。現行版に戻すべきです。

1.今回、歴史的分野の目標に前書きのようなものが付けられ、「グローバル化する国際社会」という現状認識が語られています。しかし、この認識はすでに時代遅れで、世界は今やグローバル化の抑制とナショナリズムの興隆に向かっていることは誰の目にも明らかです。そもそも、時事評論的な特定の現状認識を学校の教科や分野の目標の中に持ち込むことが根本的な間違いです。歴史教育は本来の目的に即して充実させていくべきです。

2.従来の4目標を3目標に縮約したため、一つのアイテムにあまりに多くのものを盛り込みすぎており、焦点のわかりにくい混濁した目標と化しています。特に、従来の目標の第1項の末尾が、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」という明快な表現を、長い一文の途中に押し込め、最後の締めくくりを「国際協調の精神を養う」としたのは、重大な改悪です。



<公民>
①「1 目標」と「2 内容」の「A私たちと現代社会」について

振り返れば、平成10年版指導要領までは、必ず「家族」「地域社会」という言葉が存在しました。平成10年版では「家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ」と記されていました。また、平成18(2006)年、教育基本法が改正され、第2条「教育の目標」で「公共の精神」と「郷土を愛する」ことが謳われました。そして、第10条①では「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせる」と規定され、改めて家族の重要さが確認されました。

しかし、平成20年に改訂された指導要領は、「家族」と「地域社会」という言葉を削除し、「公共の精神」を謳うこともありませんでした。その結果、平成22年度検定と26年度検定の公民教科書ででは、多数派教科書から家族論も地域社会論も消えましたし、「公共の精神」という言葉自体がありませんでした。このような教育をしていたのでは、国家の基礎である家族と地域社会の解体が更に進行していくのではないでしょうか。

ですから、改正教育基本法に則る立場から、以下の2箇所を次のように修正することを要望します。傍線部は修正箇所です。

1、目標(3)に「公共の精神」を入れること
 「(3)現代の社会的事象について,現代社会に見られる課題の解決を視野に、公共の精神に基づき、主体的に社会に関わろうとする態度を養う……」

2、内容A「(2)現代社会を捉える枠組み」のアの(イ)に「家族」「地域社会」「公共の精神」を入れること
 「(イ) 家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ、公共の精神、個人の尊厳と両性の本質的平等,契約の重要性やそれを守ることの意義及び個人の責任について理解すること。」



②「2 内容」の「C 私たちと政治」について

この部分については、2つのことを要望します。

1、「国家と国民」という項目を置くこと
 「1 目標」の(3)では、「自国を愛し」という文言があります。そして、この「C 私たちと政治」の部分では、日本国家の最高法規である日本国憲法と国家の政治システムについて指導すべきポイントが記されています。ですから、当然に、国家とは何か、国民と国家はどういう関係に立つのか、といったことに関する教育が、この「私たちと政治」の箇所で必要になります。
そこで、「(1)人間の尊重と日本国憲法の基本的原則」の「ア 次のような知識を身に付けること」の(ア)又は(イ)として、「国家の役割、国家と国民の関係の在り方に関して理解すること。」と記していただきたいと考えます。

2、三原則説を押し付けないこと
基本的人権の尊重,国民主権及び平和主義の三原則説は、間接民主主義を第一原則としている日本国憲法の解釈として誤っており、定説でもありません。(1)のアの(ウ)の部分を、例えば「日本国憲法が基本的人権の尊重,国民主権及び平和主義、代議制、権力分立などを基本的原則としていること。」とでも修正していたただきたいと考えます。
なお、要望とまではいきませんが、疑問があります。(1)と(2)の冒頭に、「対立と合意、効率と公正、個人の尊重と法の支配、民主主義などに着目して」と書かれています。ここに「効率」が出てくることに違和感があります。そもそも近代国家にとって重要な民主主義というものは、効率を犠牲にして成り立つシステムです。経済社会でこそ重要な効率という観点は、政治社会ではそれほど重要なものではありません。さらに言えば、「公正」という言葉も「効率」とセットで使うべきものですから、「効率と公正」いう文言は削除してしまった方がよいようにも思います。



③「2 内容」の「D 私たちと国際社会の諸課題」について

1、「国益」を入れること
「D 私たちと国際社会の諸課題」の(1)の冒頭に「対立と合意,効率と公正,協調,持続可能性などに着目して,課題を追究したり解決したりする活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。」と書かれています。
しかし、何故に、ここに「国益」という言葉が出てこないのでしょうか。国際社会は国益と国益がぶつかり合う場ですし、だからこそ国際協調も重要なものになります。協調の観点とともに、国益の観点なくして、国際社会について理解することはできないと考えます。ですから、この部分を以下のように修正されるように要望します。傍線部が修正箇所です。

 「対立と合意,効率と公正,国益と協調,持続可能性などに着目して,課題を追究したり解決したりする活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。」

なお、要望とまではいきませんが、パブリック・コメントその2で記したのと同じ疑問があります。上記の「対立と合意,効率と公正,協調,持続可能性などに着目して」という文言ですが、ここに「効率」が出てくることに違和感があります。経済社会でこそ重要な効率という観点は、国内政治に於いて以上に国際社会に於いては重要ではありません。「公正」という言葉も「効率」とセットで使うべきものですから、「効率と公正」という文言は削除してしまった方がよいようにも思います。

学習指導要領改訂案に関する要望書を提出
文部科学省は改訂案への説明責任を果たせ


新しい歴史教科書をつくる会は、3月7日、文部科学省を訪れ、今般の学習指導要領改訂案に関する大臣宛要望書を提出しました。

申し入れには、髙池勝彦会長、石原隆夫・岡野俊昭・藤岡信勝副会長、越後俊太郎事務局長が出席。本件の担当官に対して改訂案の各問題点を指摘した上で、その理由を求めました。その後、文科省記者クラブで会見を開きました。文科省側とは今後も必要に応じて折衝を継続していきます。

今回の要望書全文は下記の通りですが、近日中に歴史・公民の個別の各問題点について改めてパブリックコメントを提出します。提出次第、FAX通信・公式HPなどで発表する予定ですので、会員、支援者の皆様にはそれらを参考に、「聖徳太子」の件に続けてパブリックコメントをお送りいただきますよう、お願いいたします。

パブリックコメントの概要や送付先はこちらLinkIconをご参照ください。

なお、パブリックコメントは3月15日(水)同省必着となりますのでご注意ください。



                                       平成29年3月7日

新しい歴史教科書をつくる会
文部科学大臣 松野 博一 殿


     中学校の歴史・公民教育は、教科・分野の目的に立ち返って見直して下さい
             -学習指導要領改訂案に関する要望書-

はじめに
文部科学省は2月14日、次期の小・中学校用学習指導要領改訂案を公表しました。3月14日まで国民からのパブリック・コメントを求め、3月末までには最終版を確定するとのことです。当会は中学社会の歴史及び公民の教科書の改善を推進してきましたので、その立場からこの両分野について以下の見解をまとめ、文科大臣に提出いたします。なお、個別の項目に関しては、別にパブリック・コメントとして提出します。



歴史教育を破壊する「聖徳太子」の抹殺
指導要領案は、中学社会歴史的分野の「内容の取扱い」の項で、「厩戸王(聖徳太子)」と書くように指示し、日本の歴史上最も重要な人物とさえいえる「聖徳太子」の名前をフェイドアウトさせる方針を示しました。これは小学校とも連動した一貫した方針で、小学校では「聖徳太子(厩戸王)」として、小学校段階から「厩戸王」の呼称に慣れさせようとしています。

歴史学界の一部では、約20年前に「聖徳太子虚構説」なる学説が唱えられました。しかし今日では、その説は学問的に否定されて過去のものとなっています。戦後の古代史学界では「大化の改新はなかった」という学説など、「なかった説」が時々提唱されては消えてゆくというケースが見られました。「聖徳太子はいなかった」という説もそのような運命をたどろうとしているとき、これを学習指導要領公認の学説として全国の教育機関に押しつけるとは信じがたいことです。          

なぜこのような変更をするのか、その理由を文科省は説明していませんが、以下の批判に答える形で、聖徳太子の名前(次いで実体)を抹殺する理由を明確に説明していただきたいと思います。

世上、聖徳太子を抹殺する理由として、聖徳太子という名は100年後に創作されたものであり、だから聖徳太子なる人物は実在しなかったと主張されています。しかし、歴代天皇の御名は漢風諡号という謚(おくりな)で呼ばれるのが慣例であり、虚構論の筆法では歴史上のすべての天皇が存在しなかったということになります。

このように、論理的に破綻し学術的にも論破された学説が一部でもてはやされるのは、この学説が日本の古代史の骨格を解体し、聖徳太子を民族の記憶から消し去ろうとする反国家的メンタリティに親和的だからではないでしょうか。実際、律令国家形成の出発点となった聖徳太子を抹殺すれば、日本を主体とした古代史のストーリーはほとんど崩壊します。

学習指導要領は歴史学界の一部の空気に従う必要など全くありません。仮に歴史学界の学説がどのように展開しようと、歴史教育は国民としての自覚(ナショナル・アイデンティティ)を育てることを目的とし課題とする仕事であるからです。

以上の理由で、指導要領改訂案にある聖徳太子の扱いは従来通りとして下さい。



聖徳太子を消した特定の教科書に追随する指導要領改訂案
ここでさらに問題点として指摘しておきたいのは、指導要領の新方針は、驚くべきことに、最も左翼的と見なされる歴史教科書が実行していることに追随し、追認するものとなっていることです。

現行版の歴史教科書のうち、学び舎の教科書は、大きな文字で「厩戸皇子」という見出しをつけています。聖徳太子の肖像もなく、一方で隋の皇帝煬帝(ようだい)の肖像画はしっかり掲載されています。この教科書は今回の文科省の方針を先取りしていたといえます。これを今後は文科省の方針として、しかも「厩戸王」という呼称で押しつけられます。ついでに言えば、学び舎の教科書が平成27年に検定に合格したことについて、教科書検定審議会歴史小委員会の委員長をつとめた上山和雄氏は、「学習指導要領の枠に沿っていない」と評価し、政治的な配慮で特別に合格とされたことをにおわせています(朝日新聞、平成27年4月24日)。しかし、「学習指導要領の枠に沿っていない」教科書は本来検定不合格となるべきものです。学び舎教科書の合格をめぐる疑惑を、この際改めて問題にせざるを得ません。

「日本を取り戻す」ことをうたって登場した安倍政権のもとで、学び舎の教科書で展開された反日的な国家否定の歴史観が教育行政にも入り込んでいることは、国民にとって重大な警告です。


民族の言葉を放逐する「歴史用語革命」の危険
学習指導要領案の歴史的分野には、このほかにもいくつかの問題点があります。
第一に、「聖徳太子」以外にも、「大和朝廷」、「元寇」、「鎖国」という歴史用語が駆逐の対象となりました。文科省は、今回の改訂で、日本民族の重要な語彙の一部をなしてきた歴史の伝統的な用語を人工的・外科手術的に削除する、「言葉狩り」あるいは「歴史用語革命」とでもいうべき路線に踏み出したようです。これはゆくゆく、歴史の共有という点で世代間の断絶をもたらす由々しい結果を招くでしょう。この「革命」はとりあえずやめておくべきです。

第二に、目標記述の混濁化と改悪が見られます。今回、歴史的分野の目標に前書きのようなものが付けられ、「グローバル化する国際社会」という現状認識が語られています。しかし、この認識はすでに時代遅れで、世界は今やグローバル化の抑制とナショナリズムの興隆に向かっていることは誰の目にも明らかです。そもそも、時事評論的な特定の現状認識を学校の教科や分野の目標の中に持ち込むことが根本的な間違いです。歴史教育は本来の目的に即して充実させていくべきです。また、従来の4目標を3目標に縮約したため、一つのアイテムにあまりに多くのものを盛り込みすぎており、焦点のわかりにくい混濁した目標と化しています。特に、従来の目標の第1項の末尾が、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」という明快な表現を、長い一文の途中に押し込め、最後の締めくくりを「国際協調の精神を養う」としたのは、重大な改悪です。歴史教育の目標は現行版に戻すべきです。

第三に、個々の部分でも、いろいろと問題があります。その一つは、「市民革命」について、初めて欧米の国名を挙げて取り上げるべき素材を例示したのですが、そこで挙げられているのはアメリカの独立革命とフランス革命であり、日本の近代立憲君主制の見本となったイギリスの市民革命が抜けています。自由主義的な市民革命観を脇に置いて、暴力革命を礼賛するかのような市民革命観を称揚する危険があります。また民主主義が強調され、ギリシャから日本の戦後の「民主化」まで筋を通そうとしているようですが、ここにも上記と共通する傾向が読み取れます。


公民教育に「家族」「地域社会」「公共の精神」を入れることを求める
公民的分野の改訂案については、大きく評価できる点があります。内容Dには「領土(領海,領空を含む。)、国家主権、国際連合の働きなど基本的な事項について理解すること」と記されています。同じ文言が現行版でも「内容の取扱い」部分にありますが、「内容の取扱い」から「内容」に昇格したのです。また、改訂案では、北方領土、竹島、尖閣が明記されました。これらの変更は、国家主権と領土に関する教育を重視しようとする動きとして歓迎します。

しかしながら、冒頭の「1目標」には、新たに「グローバル化する国際社会」という文言が登場しました。歴史的分野のパートでも指摘しましたが、グローバリズムの時代から各国の国家主権が角逐するナショナリズムの時代へ世界全体が動きつつあるように見える今日、周回遅れの文言には違和感を感じざるを得ません。

このグローバリズム礼賛の姿勢と関連するのでしょうが、今回の改訂案を見ると、公民教育には、家族論や地域社会論、そして社会形成の基礎となる「公共の精神」についての教育は不要であると文科省は考えているようです。平成23年の東日本大震災を経験した日本国民は、地域社会と家族の大切さ、公共の精神の重要さについて改めて感じるところがあったはずです。にもかかわらず、指導要領案には「家族」「地域社会」「公共の精神」という3つの言葉は全く存在しないのです。

しかし、振り返れば、平成10年版指導要領までは、必ず「家族」「地域社会」という言葉が存在しました。平成10年版では「家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ」と記されていました。また、平成18(2006)年、教育基本法が改正され、第2条「教育の目標」で「公共の精神」と「郷土を愛する」ことが謳われました。また、第10条①では「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせる」と規定され、改めて家族の重要さが確認されました。

従って、改正教育基本法に則る立場から、とりわけ改訂指導要領案の2箇所を次のように修正することを要望します。下線部は修正箇所です。

1、目標(3)に「公共の精神」を入れること
「(3)現代の社会的事象について,現代社会に見られる課題の解決を視野に、公共の精神に基づき、主体的に社会に関わろうとする態度を養う……」  

2、内容A「(2)現代社会を捉える枠組み」のアの(イ)に「家族」「地域社会」「公共 の精神」を入れること
「(イ) 家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ、公共の精神、個人の尊厳と両性の本質的平等,契約の重要性やそれを守ることの意義及び個人の責任について理解すること。」

私たち「新しい歴史教科書をつくる会」は、以上のことを文科省に強く要望し、さらに状況によって行政担当者との公開討論を要求します。教育は国家百年の計にかかわる重要問題です。文科省はこの度提示した新たな政策について、国民への説明責任を果たさねばなりません。 (以上)


聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
次期学習指導要領改訂案に対する緊急声明
文部科学省へパブリック・コメントを届けてください!


新しい歴史教科書をつくる会は、2月14日に文部科学省から発表された次期学習指導要領改訂案に対し、21日、下記の緊急声明を発表しました。そして同日、本声明は文部科学省が現在募集中のパブリック・コメントとして、同省に送付されました。

この案件は是が非でも阻止しなければなりません。会員ならびに支援者の皆様には、声明についてご理解の上、文部科学省へパブリック・コメントをお送りいただきますよう、何卒、ご協力をお願いいたします(パブリックコメントへの宛先は声明の最後をご覧ください)。

なお、今回の緊急声明は、改訂案の歴史的分野で「聖徳太子」の一点について指摘しておりますが、他にも歴史・公民それぞれに、懸念される部分があります。これらにつきましては、今後内容を精査し、会として改めて問題点を指摘いたします。

    日本人の精神の支えをなす聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えないで下さい!
        -次期学習指導要領改訂案への「つくる会」のパブリック・コメント-

                                      平成29年2月21日
                                   新しい歴史教科書をつくる会

文部科学省は2月14日、次期学習指導要領の改訂案を公表しました。その中で、小中学校の歴史教育に関し、日本国民として決して見逃すことのできない重大な記述が含まれていることがわかりました。日本史上もっとも大切な人物として長年位置づけられてきた聖徳太子のその呼称を否定し、「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ばせるという方針が書かれています。当会は文科省のこの改訂案に絶対反対であり、改訂案に対するパブリック・コメントとして、ここに当会の見解を発表します。

(1)改めて説明するまでもありませんが、日本史上の聖徳太子(574~622)の事績は傑出しています。太子は冠位十二階と十七条憲法によって国家の仕組みを整備し、天皇を中心とする国づくりへ前進させました。中国大陸との外交では、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という文言で知られるように、中国の皇帝を中心とした華夷秩序から離脱する自立外交を展開しました。こうして聖徳太子はその後1世紀にわたる日本の古代国家建設の大きな方向付けをしたといえます。

しかも、その影響は古代史のみにとどまりません。明治以降発行された紙幣の人物像として最も多く登場したのは聖徳太子です。このことが象徴するように、聖徳太子は日本人の精神の支えとなる人物であり、聖徳太子を日本史上最も重要な人物の一人と見ることは、近代日本の国民的合意でもあったのです。

(2)学習指導要領の改訂案についての文科省の説明は、<「聖徳太子」は没後使われた呼称だが、伝記などで触れる機会が多く、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学では「厩戸王(聖徳太子)」とする>(産経新聞2月15日付け)というものです。

中学校の場合について聖徳太子の扱いの変化を確認すると、次のようになっています。いずれも、「3 内容の取扱い」という項目で記載されているものです。(以下、引用文中の下線は引用者による)

◇現行学習指導要領(平成20年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、聖徳太子の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きくとらえさせるようにすること>

◇改定学習指導要領(平成29年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、厩戸王(聖徳太子)の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きく捉えさせるようにすること>

このように、現行版と改訂案ではほぼ同文であるのに、唐突にも、「聖徳太子」だけが「厩戸王(聖徳太子)」と変えられています。

(3)なぜこのような改変がおこったのでしょうか。その根拠は、世紀のはざまに日本史学界の一部で唱えられた「聖徳太子虚構説」と呼ばれる学説にあります。しかし、これが学界の通説になったかといえば全くそのようなことはありません。「聖徳太子」という呼称の初出は確かに1世紀以上後のことですが、核に当たる「聖徳」という呼称は、日本書紀以前にも存在したことが、すでに明らかにされています。(詳細は高森明勅・つくる会理事による別稿LinkIconを参照して下さい)

そもそも、死後に使われた呼称だから使えないとすれば、教科書の人名の多くを書き換えなければならなくなります。そのことを無視して、聖徳太子の呼称だけを「厩戸王」にしようとするのは、聖徳太子がまさに日本国家のアイデンティティの基礎となってきたからこそ、それを否定しようとする動機が隠されていると推測せざるを得ません。聖徳太子虚構説が全く省みられなくなっている今日、突如として、学習指導要領によって全国の小中学生の歴史教育の現場に押しつけるとは、誠に驚くべきことと言わざるを得ません。

聖徳太子の偉業はその名前と深く結びついてきたのであり、名前の否定は人物の否定に行き着きます。もし、この度の学習指導要領の改訂で「厩戸王」を強制することに成功すれば、文科省は10年後の改訂では人物そのものを抹殺するであろうとも予想されます。

学習指導要領では、歴史教育の目標として、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」(中学社会の場合)と書かれています。聖徳太子を抹殺しようとする今回の改訂案は、この「目標」にも違反していると言わなければなりません。

私達の主張は以上のとおりですが、この声明をお読みいただいたあなたに訴えます。どうか、3月15日まで行われる文科省募集のパブリック・コメントに応募して下さい。そして、<学習指導要領から日本史上の最も重要な人物である聖徳太子の名前を消さないでほしい。「厩戸王」の呼称の強制をやめ、現行の学習指導要領の記述に戻してほしい>という趣旨の明確なメッセージを届けて下さるようお願いいたします。

【パブリック・コメントの宛先】 
文科省のパブリック・コメントにネットで応募される方は、下記より<画面の意見提出フォームへ>をクリックし、ご意見を記入の上、送信して下さい。
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*上記ページに「意見公募要領」がありますので、必ずその要領に従って意見をお送りください。要領に沿っていない場合、無効になる恐れがあります。ご注意ください。

文科省へのパブリック・コメント作成の参考資料

以下の文章はネットから集めた意見です。パブリック・コメントを書くときの参考になるかもしれません。
文科省に提出するときは、文末に<聖徳太子の呼び名を厩戸王に変えないで下さい>などの明確な意思表示をするのがよいです。この一文を投稿するだけでも意思が伝わります。
また、文科省は意見分布の統計を取るはずですので、学習指導要領の他のテーマへのコメントは別立てでされるようお勧めします。

天皇はすべて後世の呼称。「聖徳太子」は後世の呼称だから厩戸王に改めるなら当然「推古天皇」も否定して、「大王額田部」などに改めないと意味がない。(中村武生 京都女子大・大谷大・天理大非常勤講師)

歴史の授業は、単に史実(+原因・結果)を教えるだけではなく、その史実が後世どのように解釈され、伝えられたのかも扱わなければいけない。(亀田俊和 京都大学文学部非常勤講師)

新しい中学指導要領では、「聖徳太子」なる呼称を「厩戸王」と改める方針だとか。なるほど学問的良心に乏しいくせに新しがりやの似非歴史学者どもの考へさうなことです。
優れた貴人に歿後美称を贈るのはわが祖先が大切にしてきた奥床しい嗜みであつて、まともな日本人ならこれに少しも異存はない筈です。独り嫉妬深い歴史学者のみが屁理屈をつけて反対し、定見なき愚かな役所が追隨するといふ、いつもの図式と見ました。よろしい、それならそれで歴代天皇の御名前などはすべて馬鹿学者の主張する「本名」とやらに変へたらよい。第一さうしなければ、聖徳太子のみ変更する理由がないではないか。
千年以上もの間、国民に親しまれてきた偉人の名称を、己の浅智恵で軽々しくいぢくることの罪深さを思へ。(井上寶護 里見日本文化學研究所研究員)

私は歴史学と義務教育の国史教育は一定の独立性を保つべきだという考えです。国史が社会科になって70年。日本の青少年の自尊感情は削られ続け、自我の健康な発達さえいじめにあっている状態です。蒲倉幕府の成立はあくまで1192で教えます。天皇の任命権威を教えることが国のかたちを教えることになるからです。
学界は天皇・皇室の歴史教育における地位を貶める動きでずっとやってきて、このところそれが露骨に出てきていると考えます。鎌倉幕府の成立を変更するのも、大和朝廷は否定して大和王権とするのも、聖徳太子を厩戸にするのも、共産党系の学界が主導してきたものです。(齋藤武夫 元小・中学校教諭)

新しい学習指導要領案。聖徳太子(厩戸皇子)と教えていたものを、中学校から厩戸皇子(聖徳太子)とする方針。古事記等では厩戸皇子であり、聖徳太子は約100年後の諡だから。私は変更することには賛成できない。
これまで一千年以上の長い年月、日本人は厩戸皇子ではなく、諡である聖徳太子として敬い慕い、「和をもって貴しと為す」の17条憲法や、「日出づる国、日没する国」と対等外交を貫く遣隋使の国書など、まさに聖徳太子の名は、わが国の精神の核となってきたからだ。
小学生はいいのに、中学生からは厩戸皇子(聖徳太子)にしなけらばならないのか? なぜ聖徳太子(厩戸皇子)のままではダメなのか。長年親しまれてきた聖徳太子の名を、少しずつ日本人の心からフェードアウトさせていいのか。聖徳太子=日本精神のフェードアウトになりかねない、今回の改訂には反対だ。(山田宏 参議院議員)

次期学習指導要領の改定案が今、パブリックコメント募集中だ。鎖国が消え、聖徳太子が厩戸皇子に変わっている。最近の研究で聖徳太子は歿後100年経ってからの呼称だからという。それなら太平洋戦争も大東亜戦争だ。太平洋戦争は戦後米国に言われて使い始めた。17条憲法はやはり聖徳太子でないと。(中山成彬 元文部科学大臣)

今度の教科書検定で「聖徳太子」は厩戸王となり、「鎖国」の呼称は消えるらしいが、歴史学者の病というほかない。ならば推古の名も変えるべきだし、太平洋戦争の呼称もやめるべきだろう。歴史は、その都度の「公称」の歴史ではないことが、わからないのだ。
歴史は、そのつど公定の事実の羅列ではない。無意味にみえたある事跡がその後の時代の変遷の中で重みを持つことがありえ、またそうした持続の中に、歴史の本当の意義がある。同時代に意味を持たなかった事跡を抹消する権利は、そも歴史学者には存在しない。この状況に学者は誰も怒りを覚えないのか。(田中希生 奈良女子大学文学部助教)

厳密にやり過ぎると名前を何回も変えてる人とかも、登場する事件毎に違う名前で書かないといけなくなる。鎌倉幕府打倒でも、途中まで高氏で、ページをめくったら尊氏になってないといけないとか、堀越公方家を急襲したのは北条早雲でも伊勢宗瑞でもなく、伊勢新九郎盛時とかになる。(石井晃 鳥取大学工学部教授)

「聖徳太子はおくりな(諡)だから、『厩戸王(うまやどのおう)』と併記する。」という考え方が仮に正しいのであれば、明治天皇、大正天皇、昭和天皇を含めて、歴代天皇の名は全て諡(し)号です。 
同じ考え方に立てば、今後は、明治天皇、大正天皇、昭和天皇との表記もしないか、若しくは、それぞれ、別のお名前と併記するということになります。その様な考えは大きな間違いです。
何故、聖徳太子のことを「厩戸王(うまやどのおう)」と表記したいのか? それは、日教組を含む、所謂「左翼」の人達が、我が国の長い歴史の中で、大きな尊敬を受けてきた、聖徳太子の存在を、出来るだけ尊敬の対象から外したいという、非常に歪んだ思考思惑が有るからです。第一段階では、「併記」、そして、次の段階では「聖徳太子」の表記を無くしたいという思惑があると考えられます。
「聖徳太子」の表記に関して、「厩戸王」の併記を撤回して頂きたい。(諸橋茂一 教育を考える石川県民の会会長)

中学校学習指導要領案の40ページに「厩戸王(聖徳太子)」なる表記がみられますが、今まで通り「聖徳太子」とすべきです。
その理由は以下の通りです
①長年にわたって日本人が尊崇の念をこめて呼びならわしてきた「聖徳太子」をかっこ書きにするとは、私を含む現在と過去の日本人に対する侮辱です。
②何人かの大人に聞いてみたところ、「聖徳太子」は全員知っていましたが、「厩戸王」を知っている人は一人もいませんでした。
③子供が「厩戸王」を優先して覚えた場合、同一人物に関する親子の会話に支障が生じます。親子の会話、とりわけ歴史上の人物を話題にした会話は家族の団欒に欠かせません。
④「聖徳太子」は有徳の歴史上の人物として日本人の内面深く定着しており、これまで通り子供がその名とともに事績を学ぶ意義の大きさははかり知れません。
⑤パソコンで「うまやどのおう」と入力しても漢字に変換できないが「しょうとくたいし」は一回で変換できる。(駒田強 自営業)

(文責:「つくる会」事務局)

<参考>


               聖徳太子虚構説は通説ではない

                                       平成29年2月19日
                                        理事 高森 明勅

大山誠一氏の聖徳太子虚構説(平成11年)(注①)は、学界の受け入れるところとはならなかった。私も批判の筆を執ったことがある(注②)が、文献の現状は以下の通りである。

大山説発表後刊行された関係書の書名は、吉村武彦『聖徳太子』(岩波新書、平成14年)など、「聖徳太子」の語が採用され、「厩戸王(皇子)」の例はアマゾンで調べても皆無である。同様に、『聖徳太子事典』(柏書房、平成9年)はあるが、いまだに「厩戸王事典」は存在しない。

梅村喬・神野清一編『改訂日本古代史新稿』(梓出版、平成16年)に、「聖徳太子の時代」の見出しで、「推古朝は、通説的には聖徳太子(厩戸皇子 574~622)の時代でもある」(福岡猛志執筆)とある(下線は引用者)。森田悌『推古朝と聖徳太子』(岩田書院、平成17年)にも、「聖徳太子非実在説が説かれることがあるが・・・・聖徳太子が実在したことも歴史的事実」と厳しい大山説批判が展開されている。

吉川真司『飛鳥の都 シリーズ日本古代史③』(岩波新書、平成23年)は、「継体天皇」「天智天皇」などの漢風諡号で統一表記することを断った中で、(混乱を避ける為)「『厩戸王』『葛城王』でなく『聖徳太子』『中大兄皇子』と記すのも、同様の理由による」とした。もし、「厩戸王(聖徳太子)」と表記するなら、「葛城王(中大兄皇子)」と書かないと統一を欠くだろう。

現代の日本史学の標準的見解を示すとみられている『岩波講座日本歴史』シリーズ第2巻(平成26年)にも、「聖徳太子と呼ばれるようになったのは後世のこととしても、厩戸王は、後に伝説化されてしかるべき位置を生前から有していたと考えられる」と記す(川尻秋生)。明らかに、虚構説に否定的だ。

なお、「聖徳」という諡号の初見は法起寺塔露盤銘(706年)に、「聖徳皇」とあるものだ(東野治之)。また、播磨国風土記(713~715年)にも「聖徳王」とある(高森・上田正昭)。「聖徳太子」の初見は懐風藻(751年)である。

以上の通りであるから、聖徳太子虚構説は、決して学界の通説とは言えないことは明らかである。
 注① 大山誠一『<聖徳太子>の誕生』吉川弘文館、平成11年、ほか。
 注② 高森明勅「聖徳太子をめぐる論争を手がかりに歴史への眼差しについて考える」『正論』平成16年12月号ほか。



「冤罪」事件としての聖徳太子虚構説
高森明勅(「つくる会」理事)
「史」39号(平成15年7月号)掲載
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